集落はトンが現役を退いた後のリーダーとなるべき人材の不足に悩んだ。皆平均的に優秀ではあるが、小粒な若者に育ってしまっていた。やはり風神さまの血が薄くなるとこの集落は弱体化してしまうのか。
そんな危機感から、天にお願いして、風神さまの生まれ変わりとして特別に授けてもらった子がアニである。つまりアニはこの集落のリーダーになることとともに、その次のリーダー候補としてのアニの血をわけた子をたくさん作る使命を帯びて、この集落が神からお預かりした特別の人なのだ。
期待通りに成長し若くしてリーダーとなったアニは、すでに申し分の無い実績をあげた。しかしアニは子作りに全く興味を示さない。
ゆくゆくはアニを天上にお返ししなければならないことになっているのだが、神々の中には、アニに子作りの興味が無いのであれば、もう地上に置いておく必要も薄いのでは無いか?近隣の集落を全部制覇してしまった現在、アニ無しでも集落は十分やってゆけるだろう、というご意見の神すらおられる。
これが現在集落が抱える最大の悩みとなっている。
「アニは乳牛が嫌いなのか?」と単刀直入にトンは訊ねた。
しばらく考えた末に、アニは答えた。
「好きだと思ったことは一度も無いし、他の馬乗りや船乗りが言うように身体が乳牛を欲する、というような感覚に陥ったことも今まで一度も無かった。だからといって蛇蝎のように嫌っているというわけでも無い。興味が無かったし、深く考えもしなかったというのが正直なところだ」
「子作りは無理だと思うか?」
「トンや皆から愛され育ててもらった恩義に報いたいと思っている。子作りが使命なのであれば、そういう位置づけで使命を全うすることは自分の意志力なら出来る筈だ。集落の皆を悩ませるのは不本意だし」
そう聞いて、トンはほっと胸をなで下ろした。