>>89
 ぴちっと閉め切った小屋の中であにぃと俺が抱き合うとき、この世界はほんとうに静かだ。外では波がざーーっ、ざーーっと絶え間なく音を立てているが、物心ついた頃からずっと波の音を聞いて育つと、聞こうとした時にしか聞こえないものだ。
 俺たちは鳴くし、喘ぐし、呻き声も漏らす。でもそれは波の音と同化した静寂な音だと思う。

 波の音がしない場所、何の音もしない場所というのは、どんなものなんだろう?
何の音もしないと、時間が止まったように感じるんだろうか?俺はあにぃに聞く。
「あにぃは、波の音のしないところに行ったことはあるか?」
「ある。戦に行くと、世界には、波の音が聞こえないところのほうが多いんだ、とわかる」
「そういうところは、何の音もしないのか?」
「波が無くても、川の音、風の音、雨の音、鳥や虫の声、獣の声、何かしらしているものさ。何の音もしないところへ行ったことは無いな」
「何の音もしないところって、この世にあるのかな?音が無いということは、時間も無いのかな。そんなところへあにぃと行ってみたいよ。ちょっと怖い気もするけど」と俺は言う。
「どこかにあるのかも知れないな。探しに行ってみたいな」とあにぃも言う。