乳牛は、生殖に特化してしまった俺たちの奇形なのかも知れない。乳牛のほとんどは20才半ばで死んでしまう。
俺たちの先祖はその性的片割れに対し、生殖の便宜のみを求めたのだろうか?性的片割れもまたそれを望み、時の蓄積が、俺たちの性的片割れを乳牛へと変えてしまったのだろうか?
自分を産んだ乳牛個体の記憶がある者は、この集落には誰もいない。
この集落の者にとっての母系とは、血統表の名前と、潜在意識の底に沈んだ赤ん坊の頃の記憶でしかない。だから多くの者が乳牛に対して抱く感情は、個体に対してでは無く乳牛全般に対してのものであり、赤ん坊の頃の乳房への憧憬と、成長してからの性的欲望とが渾然一体となったものなのだろうと思う。
しかしアニはそのどちらの身体感覚も持ち合わせていないかも知れない。アニは種付けをできると言っているが、ほんとうに可能なのだろうか、とトンは心の底で危惧を抱きながら、乳牛係のシンと現場に向かった。
相手の乳牛は、春、アニが戦から帰ってきてすぐに付けようとしていたハツという名の未通の乳牛だった。この前の戦で連れ帰った敵の乳牛だから血は遠く、血統的に最適であろうし、何よりも抜けるような柔らかい白い肌が美しく、アニとハツの間にはどんなに綺麗な子が生まれるのかと期待がふくらむ。
ハツは、5本指で、乳も我々と同じ2つ乳、身体全体も柔軟で、もし二つ足で立つことが出来さえすれば、我々と見違えるような姿をしている。これもアニの最初の相手として抵抗が無いだろうと思われた。
確実性から考えると、筆おろしに慣れた年上の乳牛なのだろうが、シンと相談した結果、落ち着くところに落ち着いた。
10年ほど前のことだが、精通して間もないアニを乳牛の牧場に連れて行った時は、アニの可愛らしさに乳牛たちが興奮して大変な騒ぎになり、結局アニの筆おろしは中止になってしまった。その時の教訓をふまえ、今回は牧場には入らず、人里離れた小屋の離れでアニとハツを会わせることにした。