梅雨が明け、集落の集会が開かれた。
アニが乳牛に種付けをするようになったことで、太鼓叩きたちの年一回の集会は祝賀ムードに包まれていたが、トンは集会を引き締める意味でも、かねてから気になっていたことを演題に挙げた。すぐにどうこうという話では無く100年後を見据えた話として、頭の片隅に入れておいて欲しい、と。
「わが軍の馬と船の比重の問題だが」とトンは切り出した。
近隣の集落は全部平定した。戦はしばらくは起こらないだろう。万一起こりえるとしたら、海の戦であろう。遠い異国に、もしわが集落より進んだ船を持つ国があったら、それが海上から攻めて来ても不思議は無い。だから長い目で見ると、もっと海の備えを固めておく必要がある。
船造りをもっともっと充実させ、船乗りの質も高めてゆく。わが船乗りは腕力にも優れ、個人個人は優秀であるが、馬乗りにおけるアニのような、全体を統率できる人材が出てきていない。
この前の戦ではアニが総司令官の役割を担っていたが、海や船の知識が乏しいアニにはさすがに手に余ることもあり、船隊は若干混乱することもあったと聞く。今のように、戦における輸送と、漁業のみの目的で船を使うのであればこれで十分であるが、これからは戦える船隊を組織する必要がある。
少しずつで良いが、船乗りを強化し、馬乗り、船乗りの力を合わせて大戦隊を組織できれば、わが集落にとってこれほど心強いことは無い。今年を、わが集落の水軍元年としようでは無いか。
多くの者はちんぷんかんぷんであったが、元船乗りの太鼓叩きは共感し、トンの識見の深さに感動した。
「さすがトンは長い目でものを見る」
「今まで聡明な人材ほど馬乗りにとられていったからな」
「船も改良されて、さほど腕力が必要ではなくなってきている。船乗りも変わらないといけないね」
トンの念頭には、実はナギの存在があった。というよりも、ナギを見ているうちに、集落の将来の姿を夢想するようになったと言っても良い。アニが天上に召された後の集落の将来・・水陸両方の軍のリーダーとしてナギを育てられれば、とトンは次第に考えるようになっていた。
馬に熟達しながら、船の知識も豊富な総司令官。アニに匹敵するほどの聡明さを垣間見せるナギなら、その役割をこなせそうな気がしているのだ。