思いの外驚いていない自分に気付いて、ようやくこれが明晰夢というやつか、と思い当たる。夢だと分かれば余裕も出てくる。
辺りを見回せば、細部がぼんやりとしている見慣れない部屋の中に居るようだった。足の踏み場も少ない自宅じゃないし、ほぼ住み着いているご学友の部屋でもない。
たん、たん、たん。足音に耳が反応する。片方だけぴんと立てて耳を澄ませる。聞き慣れたような歩幅、足音。
がちゃり。開いた扉から覗いたのは案の定長い銀髪だった。
ぴくぴく、と耳が震える。まさしく猫撫で声を出しながら、楓ちゃんが私に手を伸ばす。
「みーちゃん、起きとったん?」
ひょいと抱えられ、そのまま椅子に座った楓ちゃんの膝の上へ。
夢のはずなのにその膝から伝わる温もりがリアルで、思わずもぞもぞと動いてしまう。
「どったのみーちゃん、みーぃちゃん」
どうやら兎の中でも小さい種類らしい私は楓ちゃんの掌に容易く拘束されてしまい、意味もなく耳をぱたぱたするしかできない。
楓ちゃんを見上げれば、いつになくでろでろの表情で楓ちゃんが笑う。
「みーちゃんはほんまかわいいなぁ」
……心臓が止まるかと思った。この場合のみーちゃんは兎のみーちゃんのことであり、私のことではないと分かっていても破壊力がすごかった。
「あ、お母さんが呼んでる。みーちゃんごめんなぁ、ちょっと床に居ってな」
私を下ろした楓ちゃんが部屋を出ていく。そのとき、暗い重圧と視線を感じて勝手に体が震えた。
部屋の隅。恨めしそうにこちらを見るその猫は、確か楓ちゃん家が飼っているささみちゃんとかいう……。
ご主人を取られたと思っているのか。そんなつもりはないんですぅ、と弁解する間もなく飛び掛かってきたささみちゃんに抑え込まれた。
猫と兎が喧嘩して猫に勝てるわけもなく、のし掛かるささみちゃんのお腹に鼻が埋まって息苦しい。あ、やば、いしきが……
「ハッ!」
目が覚めると、わてくしはわたくせだった。断じてわたくそとは言ってない。たぶん言ってない。
楓ちゃんはもう起き出しているらしい。相変わらずあり得ないくらい朝に強い。自室でこんな早起きなら、私の部屋が寝辛かった訳じゃなさそうなので一安心。
と。頭上から猫の顔。楓ちゃん家が飼っているささみちゃんとかいう猫だ。
「ぶぇ」
いきなり、猫の前足が顔に降ってきた。ケモノ風情がやる気かオイ……?
「こら、みーちゃん何してんの」
ひょいと猫が遠ざかる。そう、みーちゃんとはこのささみちゃんの異名(?)であり、少なくとも楓ちゃんは私をそう呼ばない。
「おはよう、みとちゃん」
「おはよう、楓ちゃん」
「……あの、ちょっと私に『ほんまかわいいなぁ』って言ってくれません?」
「え何で?いや」
「しょみみ……」
だよなぁ。この女、私を可愛いとはなっかなか言わないんだよなぁ〜。
「かわいいなマジで」ボソッ
「え?」
「なんも言ってない」