「あっ。」

外は雨が降り始めていた。カバンから折りたたみ傘を取り出そうとするも入れてくるのを忘れたみたいだ。どうしようかと校舎の玄関で考えているうちに、雨の勢いが強まっていってしまった。

「仕方ない、少し待つか…」
「あれ、月ノさん何してんの?」

突然声をかけられ驚いた。振り向くとそこには、銀色の長い髪がよく似合う女が立っていた。

「あ、樋口さん、あの。えっと、今から帰るんですか?」
「うん。月ノさんは帰らんの?」
「それが傘を忘れちゃって…もう少し待ってから帰ろうかなって。」

月ノはへへっと苦笑いを浮かべる。樋口は手にもっていた自分の傘を無言で月ノに差し出した。

「ん。」
「え!い、いいよ。樋口さんが困るだろうし…」

月ノは必死で断るが、樋口も引かない。

「あーじゃあ、送って行きます。」
「えっ!?」

それは唐突だった。一瞬聞き間違えかとも思った。樋口はパッと傘を開き、月ノをその中に入れる。

「ええっ!いや、ほんとにあの…っ!!」
「この雨止みそうにないやろ、早く帰ったほうがいいと思う。」

確かに、ここで樋口を足止めするのも申し訳なかった。押しに負け、ゆっくり歩き始めたが、お互い何を話せばいいかわからず沈黙が続いた。

「樋口さん」
「月ノさん」

話しかけるタイミングが重なる。

「えっ、何!」
「いや…この前配信の事で色々教えてもらったやん?だから、今日のことはそのお礼ってことで。」
「い、いやいや!私もまだまだ勉強中ですよ。」

月ノが照れ笑いを浮かべ、それに続ける。

「それに、もうみんなと友達になって…私なんてまだ樋口さんとしか話してないですよ。」
「いやそんなこと…あれ、月ノさん何か言おうとしてなかった?」
「あ、ううん。なんでも無い。あ、ここでいいですよ!」

いつの間にか月ノの自宅前についていた。月ノは傘からすっと抜けると、屋根の下に入る。

「今日はありがとうございました。風邪引かないよう気をつけて!それじゃあ、また明日。」

笑顔で手を振り、家に入る。月ノは少し濡れた制服を脱ぎ、部屋着に着替えた。

「樋口さん、肩濡れてたけど大丈夫かな。」

月ノを家に送った後、樋口は自宅に向かう足取りをピタリと止め、後ろを振り返る。

「笑った顔、可愛かったな…みとちゃん。」