これから自分がすることなんて決まっているはずなのに、待っている間は色々考えてしまうから。
『本番までの待機部屋です』と強調されたようなこの部屋は、はっきり言って心も体も休める場所ではなかった。
今日だってそう。モニターに映る観客の姿は、私にプレッシャーをかけているようにしか感じられない。
ちょっと気を抜くとネガティブなことが頭に浮かんで、呼吸の仕方もうまく思い出せずにいたんだ。
――私がここまでこれたのは、周りの人のおかげだ。
――名前が通るようになったのは、一緒にいてくれるあの子のおかげ。
――歌が評価されたのは素晴らしい作曲者さんたちのおかげ。
――私が評価されたのはコラボで楽しい掛け合いをしてくれた皆のおかげ。
――私なんかが、こんなところにいて良いのだろうか――
「楓ちゃん」
ふいに背後から名前を呼ばれた。
今日のゲスト。もし私がこの大舞台に立てたらと約束していた、小さくてどこまでも大きな、相棒。
なぁに、と条件反射のように口が動く。
「大丈夫ですよ、楓ちゃんの歌はすごいんですから」
どこまでも優しくて、慈しむような声の表情。強ばっていた顔が少しずつほぐれていく。
「楓ちゃんのファン第一号が言うんだから絶対です。必ず最高のステージになります」
背中をなでなでぽんぽんと擦られる。暖かくて、嬉しくて、ぴんと張っていた背中の筋肉が緩んでいく。
「たっくさんの楓ちゃんのファンが『好き』と言ってくれたことだけ信じて。大丈夫ですから」
ああ、そうだ、たくさんいる。そんな人たちが今日は集まってくれたんだ。何を心配してたんだろう。
「ね、だから好きなように、一番、楓ちゃんが楽しんで歌う曲を聞かせてください」
うん、うん、ごめん。また私、自分が見えなくなってた。
「……ん、もう平気そうですね」
ありがと。美兎ちゃんのおかげでだいぶ楽になった気がする。
「それじゃあ、今度はわたしもなでなでしてもらえませんか」
「実はいまだに、本番前はゲロ吐きそうになっちゃっててさ、はは」
彼女をよく見れば、華奢なふとももがふるふると小刻みに震えていた。何で気づかなかったかな私は。
ええよ、いつもみたいに。先輩直伝の緊張のほぐし方をしたるから。頭を撫でるのは私のアレンジな。
私も美兎ちゃんのファン第一号やから。美兎ちゃんの、いつもの歌がだいすきやから。
・・・・
もうすぐ時間だ。彼女の手をとって、舞台に向かって歩き出す。
地面にまで響く歓声は、今の私には応援しているように感じられた。
「んふふ、一発やったりましょうか」
おし、ぶちかましてやろうや。
夢の、バーチャルアイドルへ。
ふたりで、音楽を奏でて。