「まだ布団、冷たいね……」
腕の中から、美兎ちゃんにしては少しだけ張りのない声が聞こえてくる。
今日は火曜日の夜。最近はこの時間になると、寂しがりの兎さんが頭角を表してくるようになった。
明日には帰っちゃうんだよね、と言われたのは先週のこと。真っ暗な部屋の中で、表情は窺い知れなかった。
でも、あの声からしてきっと笑顔ではなかったはず。誰よりも注意深く聞く相手だからそれくらいは判るつもり。
「ね、暗いね……」
やっぱり少しだけ沈んでいる声だ。そんな僅かな違和感を察知する自分も、それに喜んでいる自分も嫌いだった。
彼女は私が帰ることを『寂しい』と感じている。それは確かに嬉しかったし、この上なく幸せなことだと思う。
けれども、寂しい思いをさせている原因は私自身だし、少なくともそれを望んではいけない気がしていた。
「楓ちゃん、まだ寝ないの……?」
今夜も、部屋を真っ暗にしたその直後から彼女の弱音が出始める。厳密には『弱音に聴こえる声色』が。
自分の中に矛盾を抱えてどう反応したらいいのか分からなくなった私は、黙って抱き締める腕に力を込めた。
「っふ」吐息混じりの声が美兎ちゃんから漏れる。よかった、どうやら喜んでいる反応だ。

不思議なもので、少し前だったら月に一回会えるだけでも、ありがたい、なんて幸せなんだ、と感じていたのに。
今では週イチで会っているにもかかわらず、触れ合う時間が四倍になっても四倍の幸せが体感できない。
まるで会えることが『当たり前』のようになっているようで、それが正直に言って怖かった。
さらに、別れ際の時も四倍訪れる。こちらは以前と変わらず毎回体温が下がるほどには辛いことだった。
明日それをまた体験しなければならないと考えると今から気が重い。私だってこの時間は寂しいのだ。
「楓ちゃん、ねえ、楓ちゃん」
「なぁに、美兎ちゃん」
「一緒にいるって、いいよね。すごくいいよね」
「ん、そうやね。私はこの時間がとっても好き、やよ」
噛み締めるような言葉に、彼女も私と同じようなことを考えているのではないか、と思った。
本当は一緒に居られる時間を目一杯楽しみたい、だけどどこかに不安が付きまとってしまって。
永遠に今日が終わらなければいいのに、なんて考えてしまう。

でも、もしも考えていることが同じなら。

「なあ、美兎ちゃん」
「なんですか、楓ちゃん」
「ちゅう、してほしいな」
「うぇっ」
私は美兎ちゃんに求められるのが何よりも嬉しい。きっと泣いて頼まれたら明日も明後日もここに留まるだろう。
でも、そこは芯がしっかりしている彼女だから、たぶん今週も改札で笑って見送ってくれるに違いないんだ。
だから、だから私は、今の私は。目の前の美兎ちゃんを全力で求めることにした。
思いっきり甘えて、抱き締めてもらって。「私にはあなたが必要なんだよ」ってことだけを伝えたかった。
「……いいですよ、こっち向いて、目を閉じて」
暗くて見えないけれど、ずっと声のする方を向き続けていたから。そのまま瞼を伏せて、少し唇を尖らせて。
美兎ちゃんの小さな手が優しく頬に触れる。この触り方、きっと彼女はどきどきしているんだと直感した。
美兎ちゃんの体温と吐息がゆっくりと近付いてくる。彼女のどきどきが伝染して、身構えてしまう。

別れを明日に控えた私たち。その口づけは、どこまでもお互いを求める貪欲な想いで激しさを増すばかりだ。
――大丈夫、こんな幸せが『当たり前』になんてなるはずがないから。
素肌の柔らかさと心地よい温もりを感じながら、最後にはそう思うことができた私だった。