『……ん。ちょっと席外していい?』
「いいけどどしたん?」
『煙草、吸いたくなって。最近の部屋は火災報知器が大体付いてるので、ベランダに行かないと鳴っちゃうんですよね』
「煙草」
煙草と言われても、おっちゃんと不良が吸ってるイメージしか湧かない。それをみとちゃんが吸ってるというのが衝撃だった。
『そんなに時間はかけないけど……もう寝る?』
「やぁーだ。もう少しお話したい」
『じゃあ早めに切り上げてきますね』
画面からみとちゃんが消える。足音が遠ざかる。カラカラとベランダが開く音。東京の何処かで今、みとちゃんは煙を吐いている。
パソコンの画面越しに見るみとちゃんの顔は小さいし、全体的に小柄に思える。イメージよりずっと幼い雰囲気で、なんなら年下に見えるくらいだった。
だけど時々こうやって、「大人」を見せ付けられる。追い付けないって思い知らされる。
ネットの流行りなんて消化が早くて、だから私がお酒も煙草も飲めるようになるまでVtuber文化が生き残っているかなんて分からない。
月ノ美兎と樋口楓が存在しているかも。私がみとちゃんの隣に居られるかも。
『戻りました』
「おかえり」
画面に映るみとちゃんにさっきと変わったところはなくて、でもきっとお父さんと同じヤニのにおいがしてるんだと思う。
「みとちゃん」
『はい?』
「……なんでもない」
禁煙して、と言い掛けてやめる。そんなことみとちゃんに言う権利はない。
それに、みとちゃんに煙草やめてもらうより、私が煙草を吸う方がみとちゃんに近付けそうだった。
私は少しでも、ほんの小さなことでも、みとちゃんのことを分かりたいのだ。
まるで恋してるみたいだなんて、他人事のように思った。