「いやー、昭和にタイムスリップしたみたいでしたねぇ」
「いや、私も美兎ちゃんも昭和なんて見たこともないやん」
からん、ころん。浴衣姿の美兎ちゃんがビニール袋を片手に上機嫌で坂を下っていく。
温泉街に射的場。絵は浮かぶのに実際に見たことは一度もなくて、ある意味ファンタジーみたいな存在だった。
そんな光景が、ついさっき目の前で実現した。しかも美兎ちゃんと一緒に。彼女も初めてだったのが嬉しかった。
「んふー、わたくせガンマンの才能があるのかも知れませんね」
「ぐぅ……あんなんまぐれ当たりやから。ガンマンは止まった的を狙ったりはしないし」
「おー、負け惜しみですかー?」
彼女は首尾よくポイントを稼ぎ『シャボン玉セット』を見事ゲットした。嬉しいのかスキップ気味で歩いている。
袋の中にはもうひとつ、私が残念賞でもらった『バルーン風船』も入っている。五十円くらいで買えるアレだ。
絶対にまぐれには違いないのだけれど、負けは負け、私の惨敗だ。あとでジュースをおごらなければ。
「ねえ、これで遊ばない?」
ひらりと浴衣をひるがえして美兎ちゃんが言う。この子には『持ち帰る』って選択肢はないんやね、知ってた。
「うん、ええよ」
「おーし、じゃあ高いところに行きましょう、さっき見えた階段!」
え、あれ百段くらいあるように見えたんですけど。まあやりたいって言い出したら聞かんのやから行くけどさあ。

――ふーーーっ。
無数のシャボン玉が放たれる。こういうおもちゃ遊びが似合うのって、ちょっとだけうらやましい。
シャボン玉は上に上にと飛んでいっては、木に当たったり風に吹かれたりして次々に弾けていた。
何故だかその光景に自由奔放な美兎ちゃんが重なってしまって、一瞬だけ胸がチクリと痛む。
「楓ちゃんはやらないの? まさか間接キスを気にしてるとかー?」
「あほ。私は……な。すぐに弾けちゃうのよりこっちの方が好きかも」
昔遊んだことのあるバルーン風船。私はひとつだけ膨らませて手のひらでぽんぽんと跳ねさせる。
それは簡単には割れない強度で、でも大空にはなかなか飛んでいけなくて。まるで私みたいだな、なんて思った。
「ほーん、そっちも楽しそうですねぇ」
意外にも安物のおもちゃに興味を示してきた。今日び、こんなのコンビニにも売ってるんですが。
「楓ちゃん、ひとつ作らせて」
「いいよ。新しいストロー出すわ」
「いいっていいって。さっき使ってたやつでさ」
そういうと引ったくるように私のおもちゃを取り上げて、こねこねと風船をセットし始めた。まったく、自由人め。
「ふーーーっ」
「お、おおお。でかいのできたな」
「ふふーん。ざっとこんなもんですよ」
いいなあ。彼女は私と同じことをやっても、いや、何をやっても華やかだ。私が見ているのはいつも背中ばかり。
「はい、今度は楓ちゃんがシャボン玉飛ばして」
「……えっ、だってこれ、さっき美兎ちゃんがっ」
「楓ちゃん、間接キスなんて気にしないんでしょー?」
悪戯めいた笑みを浮かべる彼女。ああ、ずるいわ。この兎はほんまにずるい。
ふーっ、と均一な息をストローへ送り込む。ふわわわわ、と小さなシャボン玉が無数に大空へと旅立っていく。
「おおっ、さすが吹奏楽部。肺活量すっげぇ」
高くまで飛んだ虹色の玉をぴょんぴょん跳ねて追いかける美兎ちゃん。ふふ、子供かって。
でも。私が吹いても高いところまで飛べるんやな。たくさんのシャボン玉を出せるんやな。
「楓ちゃん、もう一回、もう一回!」
「おし、たくさん出したるからな」
私たちは初めての地で、子供のおもちゃを使って、時間を忘れて馬鹿みたいにはしゃぎあった。

「へっくち」
「寒いよなあ。冷えたんと違う?」
「山の上ってしんどいんですねぇ」
「じゃ、あったかい紅茶にしますか」
射的の罰ゲームを発動するか。こんな田舎でも自販機があるのはありがたいなあ。
「はい、どーぞ」「あっつ!」
寒い地域だからか、やたらと温度の高い缶がお目見えした。でもまあカイロがわりだし丁度良かったんやない?
「ふふ、あっつ、あっつ。……ねぇ、楓ちゃん」
「ん、どしたん」
「こっちの手、ちょっと寒い」
はあ、だいぶストレートな要求やんなそれ。ま、べつにええけど。ほれ、冷たい手をこっちに差し出してくれや。
――ぎゅ。
ん、確かに手ぇ冷えとるなあ。旅館まで暖め続けたるから、もう少しだけ頑張ろうな。