「オシオキヤヨ……オシオキヤヨ……」
「ひいいいっ、うそうそうそ、うそだって!」
あれは完全に失言だった。楓ちゃんの声をえるちゃんと間違えてしまったのだ。
「ツキアイ……ナガイモンネェ?」
「いやいやいや、楓ちゃんも付き合い長い、めっちゃ長いから!」
そればかりか、凛先輩との仲も強調していた。あとで『JK組の』と言い直したが手遅れだったようだ。
このままではまずい、今夜は気絶するまで『お仕置き』という名の攻め倒しが待っている。
頭を働かせろ、私。突破口は絶対にあるはずなんだから、最後まで足掻くんだ。
「ミィツケタ……!」
「ひえええぇっ、おたすけぇ」
けれども、ひとつ屋根の下で間に合うわけがなかった。あかん、あかん。わたくし絶体絶命。
「……うそうそ!」
ぺろ、と出された舌。発言したのは私ではなく、ウィンクで悪戯めいた笑みを浮かべる楓ちゃんの方だった。
何をそんなに怯えとるんよ、と頭に手のひらを乗せられて気付いた。私はからかわれていたんだ。
「ふぇ、ふえぇ……? マ? マジで怒ってない?」
「いつまでも同じような嫉妬なんかせんよ。演技演技」
それにしては妙にリアリティある低い声色だった気もするが。
ともあれ命拾いした、と胸を撫で下ろす。白目を剥くまでヤられるところを想像していたから。
「廊下は寒いからこっちおいで」
「ほーい」
というわけで、現在リビングのソファに座ってくつろいでいる。
私の特等席はいつもの通り、暖かくて柔らかくて実に座り心地がいい太ももの間だ。
「んふー、んふふー、ここは疲れも吹っ飛びますねぇ」
「あ、やっぱり美兎ちゃん疲れとるんやろ。最近お互い忙しいもんな」
「やー、楓ちゃんほどじゃないですよ」
「なあ、よければマッサージしたるよ」
「え、エロいのじゃなくて?」
「普通のマッサージやって」
別にエロいのでもいいのにな、という言葉は心の中だけに留めておいた。
――ぐに、ぐに、むぎゅむぎゅ。ぐりっ、ぐりっ。
「う、うあ……っ、ぐひぃっ、ひいっ、いっ、やめっ、いでででえああぁ」
「ふっ、ふっ。やっぱりめちゃくちゃ不健康なんやね。もっとほぐさな、いかんよね」
足の裏へ、楓ちゃんの親指がぐりぐりと突き刺される。
腰を伝って、背中を流れて、首を通って。後頭部の辺りに痺れる激痛が連続して届く。
「――ギッ、いぎっ、あぃっ、あああぁああああ、やめろ、やめ、ぐあぁ」
「駄目やよ、いつもおんなじ姿勢でいるからこんなに固くなってしまうんやから」
痛い痛い痛い。おい、実は根に持ってるんだろ樋口楓。これはマッサージにしては過酷すぎるぞ。
「さっき足つぼしてるとこ隣で見とったから。まあ私に任せときなって」
ああ、だんだん足の感覚がなくなってきた。こんなことなら『夜のお仕置き』の方が良かったかもしれないな。
――ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ぐりんぐりん。
「うごああああああぁ、いで、いでぁあっ」
結局その夜は、快楽ではなく痛みで白目を剥く羽目になった私だった。
翌朝。
「……何だか視界がクリアな気がする。肩も軽い」
「ほら、私の言った通りやろ。にしし」
くそう。悔しいわ嬉しいわでわけがわからなくなった。
今度は私が健全マッサージでヒイヒイ言わしたるからなァ……!