私たちふたりの仲睦まじい姿がファンから密かに高い需要を受けていることは、割と初期から自覚していた。
だから、表立って身内感を出すべきではない時期も、わかる人には解るサインを送るようにしていた。
それはツイートのタイミングを合わせてみたり、誰とは言わずに『ふたりで出かけた』と言ってみたり。
それで界隈が賑わってくれるのは嬉しかったし、悪戯好きな美兎ちゃんも乗り気でファンに謎解きを送っていた。
私個人としては『それを隠れ蓑にして彼女と仲良くなれたら』なんて最低な下心を持っていたのだけれど。
結果的にこの営業方法は大成功。私たちふたりの人気も私個人の悪巧みも信じられないくらい成就していて。
ファンに求められ、美兎ちゃんに懐かれる生活。忙しい毎日は限りなく幸せに違いなかったのだけれど。

『渋谷区パートナーシップ証明書』

美兎ちゃんの机の上に放置されたこの紙は一体なんなのだろう。
なぜ『つきの』『ひぐち』とノリで書いたようにひらがなで記載されているんだ。
まさか『百合営業』だけでは飽きたらず、『百合営業結婚』をしたいとでも言うのか。
そんなにポタクたちを弄ぶのにハマってしまったのか。
それとも……ガチで私とパートナーになりたいのか。
もし後者なのであれば、今現在心の準備ができていないのはこちらの方だ。
恋人とパートナーは全く異なるものだし、色々と彼女のためにも話し合わなければいけない。

いや、それどころか私たちは『正式な恋人』なのか?
そういえば改めて考えると、どちらからも告白した覚えもなければ交際の約束をした覚えもない。
当然のように隣り合って寝たりはしているけれども。身体を重ねたことだってあるけれども。
思ったよりも私自身の動揺が激しい。こうなるように謀ったのは私なんだし、覚悟を決めるべきなのだろうか。

・・・・

「ブッハ。やだなぁ楓ちゃん、映画研究会の参考資料で取り寄せたんですよこれ」
「えっ……そう、なんや」
「そうそう、今度『同性愛』をモチーフにした作品を撮影するからその小道具でさぁ」
「そっ、そっか。それならええんやけど、正直びっくりしたわ」
「んふふ、これ区役所に持って行ってみましょうか?」
「や、やめとけ。あほっ」

はぁー、くっだらな。心配して損した。
用意しておいた「責任とるから」なんて言葉を口から出さんで本当に良かったわ。

どうして私たちの名を書き込んだのかは、ひとまず今は気にしないでおこう。
美兎ちゃんの顔が真っ赤になって引きつっていたことは、ひとまず今は忘れよう。
「っぶね……」なんて声が漏れていたことは、ひとまず今は聞かなかったことにしよう。

もう少し時間をかけて、しっかりと私が心の準備をするから。
私から美兎ちゃんに『誓いの証』をきちっと贈ってあげるから。
思わぬところでこれからの目標ができてしまった。

ハードルは高いけど、いつまでも『ごっこ』ではいられんもんな。