『営みの記憶を一晩だけ忘れて、初めての夜を体験できるのだわ!』
いや大丈夫かこれ。一晩限りとは言え、後で記憶障害とか起こりそうだろ。
でも初めての夜、か。思い起こしてみれば、昔の楓ちゃんは初々しくて可愛かったなぁ。
私が年上だと思っておどおどして、今の比じゃなく自分に自信がなくて。
キスするだけでも顔を真っ赤にして「や、優しくしてや」なんて。でへへ。
よし、発動しよう。そして『みとかえの夜』を新たに一から刻んでやろう。
・・・・
長く一緒に過ごしたけれど、ついに今夜楓ちゃんと一線を超えることになった。
奥手な彼女はいつでも優しかったけれど、お風呂上がりに抱きついて誘惑してやったんだ。
私は好きな人とキスがしたいし、抱き合いたいとも思ってる、って。
それを囁くように伝えて、今夜コトに及ぶ約束をした。楓ちゃんは真っ赤な顔で、
「み、美兎ちゃんさえ良ければ。わ、私も、したいって、思って……ごめん、お風呂行く」
とか言いながら、逃げ出すようにバスルームへ駆け込んでいった。
普段より入浴時間が長かったから、多分私と同じく入念に洗い込んでいたのだろう。可愛いなこの女。
「ね。キス、したことあるん?」
「ま、まだ。想像したことはあるけど……楓ちゃんと」
「っ、ごめんな、美兎ちゃんの初めて今から貰うわ。もう我慢できんから」
「えっ、えっ、ちょっと、心の準備だけでも、んむっ……」
半ば無理矢理に唇を奪われた。楓ちゃんも初めてだったのか聞きたかったけど、ぎこちない仕草と震える唇で
自然と答えは伝わってきて、ただ彼女の腰へ手を回した。
唇を繋げたまま、私はベッドへゆっくり押し倒される。彼女が背中を支えてくれることが嬉しかった。
――んっ……んちゅ、はむっ、ちゅっ。
どちらからでもなく、私たちの口付けは自然に濃厚なものとなっていって。
上から垂れる楓ちゃんの唾液を必死で受け止めて、私の唾液も舌へ乗せて懸命に届けた。
楓ちゃんに包まれるのが幸せだった。彼女の体重を胸のクッション越しに感じるのが幸せだった。
いい香りのする綺麗な銀髪が私の頬を撫でる度に胸がいっぱいに満たされていった。
気がつけば私の衣服はすっかりはだけた状態で、中途半端にパジャマが残っているのが恥ずかしかった。
「ごめんな、美兎ちゃん。これから脱がして……触るから、な」
「ふふ。いいですよ、断りなんかいれなくても。ずっと抱いて欲しかったんですから」
「……っ!」
楓ちゃんの愛撫は想像よりもずっと優しくて。まるで私の体を隅々まで知っているみたいだった。
持ち上げるように胸を触られること、強く抱かれながら耳を舐められること、可愛いって囁かれること。
何故こんなに私が悦ぶ攻め方を知っているのだろう。彼女と私は本当に相性が良いんだなと思い知った。
――ぷちゅ。
だから、当然だった。彼女が私の入口に触れた時、ソコは涎まみれで下着もびしょ濡れだったことは。
「あは、は。美兎ちゃん、よろこんでくれてるんやね。嬉しい」
「やぁ、見るなあ……汚い、恥ずかしい、よ」
「汚くなんかない。すっごい可愛い、めちゃくちゃにしたい」
乱暴に私の下着を剥がした楓ちゃんの目は血走っていて。
誰にも触れられたことがなかった大事なところは、彼女によって文字通りめちゃくちゃにされてしまった。
楓ちゃんは私の中を擦って、揺らして、叩いて、掻き回して。次々に強い刺激を与えてくる。
でも、痛いことなんてひとつもなくて。彼女は的確に気持ちいい所だけを触ってくれた。
私は気が遠くなって、吐息を含んだ甲高い鳴き声を溢しながら何度も高いところへ導かれた。
顔の筋肉も制御できなかったけれど、楓ちゃんが嬉しそうだったからそれでいいと思った。
私が気を失う寸前。彼女は涙を流しながら沢山のキスを降らせてくれた。
ああ、もっと早く抱かれるべきだったなあ。そんなことを考えながら意識を手放した。
翌朝。
頭の中へなだれ込むように記憶が甦ってくる。おかしい。過去と昨夜の『初めて』が一致しない。
終始私が攻められっぱなしだったじゃないか。こんなの苦情だ苦情、女神にDM送ったる。
『今の環境で初めてを味わえるってだけで、関係を巻き戻したりはできないのだわ……』
何だそれ、それじゃ意味が無いだろうが。くそっ、やられた。無駄に惨敗数を増やしただけだった。
「んふふ。昨夜の美兎ちゃん、何だか初々しくて可愛かったなあ」
私の気も知らずにへらへら笑う顔のいい女。うぅ、覚えてろよ。
どこでこんなに関係が改変されてしまったのか。考えてみてもさっぱり分からなかった。