新幹線の窓から大きな湖が見えたけれど、その景色はもうとっくに飽きている。そんな東京への旅路。
今回はあの子が「一人暇で寂しい」とかおねだりしたから仕方なくだから。私が進んで誘ったわけではないから。
曰く、明日節分の料理をふたりで一緒に食べたいんだそうだ。
福豆、けんちん汁、恵方巻き、イワシなどなど、節分は私の苦手な食材も相当ありそうでちょっと憂鬱。
そのはずなのに、顔面ふにゃふにゃな女が窓に映っている。おい、何へらへらしとんねん樋口。
クリスマスやお正月と違ってこんなのイベントのうちには入らんし、ただご飯を食べるだけなんやからな。
とは言え『ご飯を食べる』だけの理由で五百キロを移動していることは普通なのだろうか。
何でもない日に泊まりがけで呼ぶって……もう私を誘ってると見てええんかな。
いやいや、あの子は寂しん坊なだけやから。頑張れ、私の理性くん。おい樋口、お前はこれ以上にやけんなや。

――ぶっぶぶっ。
メッセージが届いた。美兎ちゃんからや。なになに、『スーパーであらかた食材買った』『手ぶらで来て』か。
はは、珍しくマメやないか。『うん!ち!わかりました』と。この新作紅茶はもう買った後だから無効やけどな。
ん、『朝からなんも食べてない』『恵方巻きを一本食べます』やって。まだ節分の前日なんやけどな。
食いしん坊さん、晩ご飯もちゃんと食べてな……と、送信。
まだ到着までは時間かかるし、動画でも楽しもうかな。こういう時は新幹線Wi-Fiさまさまやんな。

見逃した配信のアーカイブを見ていると、ヘッドホンからの音が通知音で途切れた。またメッセージだ。
『実質会食』
いつにも増して意味わからん。ん……何か動画も送られてきた。どれどれ。
『はーい、楓ちゃん。それではね、これから恵方巻きをいただこうと思います』
これ、パソコンの固定カメラか。てか何よそ行きの声しとんねん。別に見せんでええわそんなん。
『あっ。これ、こうするとヤバイ本の修正みたいですよねでへへへ……』
おいやめえ。顔を横に向けて再現するな。こっちは公衆の面前なんよ。他の乗客に見られないよう角度を調整せな。
『はい、いただきます。はむ……あむ、あむあむ。ん、んっ、おっひくて、くひ、はいらない』
おい歯ぁを使え、きたないきたない。舌なんか出す必要ないやろ、具をほじくるな。
『ぢゅっ、ぢゅぢゅっ。あ、キュウリ出てきましたね……ちゅる、ん、おいし』
恵方巻きは吸う食べ物ではありません。もうほんま何? 私は一体何を見せられているんよ?
『もぐ、もぐもぐ、ん……すごい、おくひのなか、しろいおこめれ、いっぱいれす……』
こんな調子で、ふざけた食べ方をするイタズラ兎の姿を一部始終見せつけられた。
私は変な声をあげないように口をぎゅっと閉じるので精一杯だった。あのあほ、着いたらデコピンしたる。
動画を閉じると、さらにメッセージが届いていたことに気付く。今度は画像とワンセットで。
『おまめをいただきます』
そこには、髪をかき上げながら指の間に乗せた福豆を舌で舐め取ろうとしている写真。
『←楓ちゃん』
なんや、この落書き。

私はヘッドホンを取り外し、目を閉じてiPhoneの画面をオフにした。
そして妄想としたままトイレへ向かう。走行音が響いていることと、周りに誰もいないことへ感謝しながら。
「あのエロ兎、ぜったい、絶対今夜ぶち犯したるからなぁ――ッ!!」
腹の底からシャウトをかますと、意識がクリアになった気がした。
うん、私の理性くん。君はよく頑張ったよ、よくここまで耐えた。もうしばらくは休んでてええんよ。
あとは私に任せとき。角とキバを生やして『鬼の役』を立派に成し遂げてみせるからな。

席へ戻る足取りは、乗ったばかりの時よりもむしろ軽やかになっていた。