間もなく日が変わる。明日はお菓子メーカーが謀略した女子のための一日、バレンタインデー。
その前日たる今夜はちょうど収録日だったから、ふたり集まってキッチンで悪戦苦闘していた。

「……なはははは、上手くいかないもんやね」
「まあ、料理なんてからっきしな楓と美兎ですからねぇ」
目の前には炭のようになったチョコレートの残骸。暖めた後に冷やせばうまくいくなんてきっと嘘だったんや。
なぜ綺麗に固まらなかったの理解できないし、味が整わないのも意味がわからない。何が悪いのだろう。
「普段お世話になっとる皆に配ろうと思ったのになぁ」
「まあ皆さんに告知しなくて良かった、としか思えないですよね……あ、でもネタ用に撮っとこ」ぱしゃ。

昨年まで、チョコを手作りする機会なんて一度もなかった。
それは私が『作る』より『貰う』専だったから。プレゼントなんて発想自体がなかったから。
それでも今年は感謝すべき人がたくさんいるのだからと、チョコを作ってみる気になった。
お世話になった皆に、仲良くしてくれた仲間に、支えてくれた人達に。せめてものお礼を、なんて考えて。
それで、今日上手いこと作れたら美兎ちゃんに食べさせてあげよう、なんて企んでいたのに。
こんな出来では喜ばれる気が全然しない。バレンタインに炭を送る女子がどこにいると言うのだ。
「……しゃあない。美兎ちゃん、出来は悪いけど勘弁してくれな」
「うぇ?」
私はできれば開きたくなかった鞄に手をかけて、小さな包みを取り出す。
これは昨夜念のため作っておいた、まあ、失敗作。それでも、目の前のグロ物体よりはいくらかマシだと思う。
これを渡したくはなかったけれど、やっぱり一番目は美兎ちゃんが良かったから。
「これな、私が初めて贈るバレンタインギフトでな……別に食べんでもええから」
そう言って、ぽかんとする美兎ちゃんの手元へ箱を押し付ける。
中身の無惨さを考えると、凝りに凝ったラッピングが却って虚しく思えてしまう。
「んふ、んふふふ、ありがとうございます。嬉しいですよ、ほんとに」
何度も失敗作だと言ったのに、美兎ちゃんはふにゃふにゃの笑みを浮かべてくれて。
「ね、楓ちゃんが食べさせてください、こちらは口を開けてますから。あー」
なんて、自殺行為としか思えないリクエストをしてみせた。
「……うわ、まじできったね」
「だから失敗作って言ったやん!」
手が震える。自作の食べ物を食べさせるって、こんなに怖いことなのか。
「大丈夫なんか……? 絶対まずいけど」
「んふー、まずくても完食してやりますよ」
彼女がそう言ってくれるから、ごつごつの何かを掴む手は少しだけ楽になってくれて。
ころん。美兎ちゃんの小さなお口の中に黒い塊を入れることができた。
ぼり、ごりごり。ああ、もう音だけでも美味しくなさそう。こんなことなら少しでも料理を学んでおくんやったな。
「むぐ、もぐ。むふふふ、苦い。焦げた感じがして苦い」
無理せんでとっとと『ぺっ』してくれてええんよ。受け取ってくれただけで私は満足なんやから。
「んぐっ、ごくっ。はい、楓ちゃんの初めて、いただきましたー。ふひひっ」
この兎はきっとあほなんやな。まっずい炭を食って、こんなに満足そうな笑顔を見せるなんて。
ほんとあほ。まじであほ。この子は絶対おかしいわ。おかしくて笑えて、もう涙が出てくるわ。
「んー、楓ちゃんにお返ししたいけどさ、今日失敗したら明日買おうと思ってたんですよね……」
きょろきょろと周りを見渡して、おもむろにボウルへ手を突っ込む美兎ちゃん。何しとるん。

およそ一分後、真っ黒にコーティングされた美兎ちゃんの指。それが目の前へ迫ってくる。
「はい、あーんして」
私は初めてのチョコを受け取ってもらえて心が躍っていたのか、それともいつもの条件反射だったのか。
その小さくて柔らかな指を咥えるために、反抗もせず声もあげずゆっくりと口を開いた。
ぢゅる、ぢゅる。溶かしただけで無加工のチョコは、ただひたすらに甘いだけ。指の触感しか感じない。
けれども必死に舐め取っているうちに身体が反応する。息苦しくて、悶々として、熱くなってしまう。
「くふ、これやっべぇな……」
頭が朦朧とする中で、恍惚とする美兎ちゃんの姿が目に入った気がした。
それなら美兎ちゃんにも味わってもらおう。私の指はこっそりとボウルへ向かっていったのだった。