ああ、いやだなぁ。夜中に目を覚ますのって私にとっては心から嫌なことだから。
意識は朦朧としているけれど、条件反射のように体と心がその辛さを覚えてしまっているから。
独り暮らしの私が起きたときに突きつけられるのは『お前は孤独なんだ』という現実。
冬の間は寒さと暗さ、それに寂しさでどうしようもなく悲しくなってしまって。
誰にも助けを呼べない時間だからと、SNSにふざけた投稿をして気を紛らわしたこともあって。
正直、涙腺が危うくなるくらいには嫌いなシチュエーションだった。
いや、頑張れ私。このまま脳が覚醒しないまま再び眠りについてしまえばいいんだ。
春になって寒さが和らいでいるだけでも儲けものだし、トイレも寝る前にきちんと済ました。
今はこのぬくぬくとした布団の中で夢の世界への切符を再発行してもらえるよう、ただ脱力していればいいのだ。
そう、何も考えず、目も開けず、呼吸を一定に整えて。目の前の暖かくて大きな背中に寄り添っていればいい。
なんならこの女と呼吸のリズムを合わせていれば効率的に眠れそうだ。
私だってもう独り暮らしを始めて一年近くになるんだ、そろそろ孤独な夜くらい乗り越えていかなければ。
「……んん? 背中?」
思わず薄目を開けると、目の前には真っ白ですべすべな背中が豆球の光を反射していた。
『再び寝る』と決意したばかりなのに、ものすごい勢いで脳が覚醒して夢の世界が遥か彼方に遠ざかる。
そうだ、今夜は楓ちゃんが泊まっている日じゃないか。寝る寸前まで一緒にお話ししてたじゃないか。
なんだ、寂しいなんて感情を持ってた私が馬鹿みたいだ。全く、いるならいるって言えよ。
と、肩のあたりに赤い線がいくつか見える。これはなんだろう、ひっかき傷のような……あっ。
「やっちまった……楓ちゃんがやめてくれないから」
彼女の愛情表現が激しすぎたものだから、爪を立ててしまったみたいで。たぶん犯人は私で間違いないだろう。
痛そうだなあ、とか思いながら生傷をさする。綺麗な肌に痕をつけてしまったことが申し訳なかった。
せめてものお詫びに、少しだけ近づいて赤くなった部分に口付けをする。もう消毒にもならないだろうけど。
「うぅん……みとひゃ、あまえんぼさんや……むにゃ」
ごろり。寝言を言いながら、楓ちゃんがこちらを向いて私の身体を抱きすくめる。
うわぁ、あったかぁ、って違う。息が苦しい。もう少し力を緩めろこの馬鹿力は。
すぅ、すぅ。いかにも幸せそうな、穏やかな表情で寝息を立て続ける彼女。腕の力は程なくして抜けていった。
「……まだ少し寒いから風邪引かないようにしないとね」
掛け布団を彼女の肩あたりまでかけ直して、私は暖かい胸の中に潜って暖をとることにした。
うん、別に眠らなくとも全然辛くなんかないな。このいい香りでも楽しみながらゆっくりしていよう。
そういえば、本社の人が渋谷駅のポスターがどうのって言っていたな。
ちょうどいい、明日楓ちゃんとお出かけする時にでも誘って見てみるか。
ついでにパリピどもに『こんないい女をはべらせてるんだぞ』と見せつけてやろう。うん、それがいい。
ご飯は何にしようか、またかって言われそうだけどハンバーグがいいな。だって始めての時のお店に行きたいし。
服もちょっと見たいな。私は選べないけど、楓ちゃんの面白いけどセンスのいいチョイスをまた披露してほしい。
あとは……あとは……あれ、あたまがはたらかなくなってきた、ねっむぅ……
まあいいか。きっと明日楽しくなるのは間違いないんだから。ああ、たのしみだなぁ……
「……おやすみ、楓ちゃん」
暖かさと柔らかさ、それに独りじゃない幸せを噛みしめながらまぶたを閉じる。
脳がとろけるように夢の世界へ向かっていくのを感じながら、私は意識を手放したのだった。