「ブッハァ、なんですかその顔。せっかくの桜吹雪なのに」
すっかり呆けてしまった私に向かって、したり顔の美兎ちゃんが心底嬉しそうに吹き出した。
でも呆けるのは仕方がないと思う。だって目の前には圧倒されるほど清らかで儚い光景が広がっていたんだから。
本物の吹雪よりもずっと優しくて、ずっと柔らかくて。それが途切れなくひらひらと降り注いできて。
真っ白な中に少しだけ混じっている薄桃色と背景の緑が、春の色香と暖かさを与えてくれて。
彼女がわざわざ『満開もいいけど散り際が見たいな』なんて言った理由がようやく理解できた。
頭の中で全てが繋がった私は、ただ口を開けた間抜けな顔で見惚れるばかりだった。
「その様子を見る限り、気に入ってもらえたようですね。良かった良かった」
この瞬間って結構お気に入りでさ、と彼女は続ける。映画研究部で撮影をした時の話のようだ。
「花と人を同時に撮ると別々に認識されるけど、桜吹雪だと少し違うんですよね。全体で作品になると言うか」
さすが美兎ちゃんだ、発想も知識も私なんかよりずっと深い。演出効果のことまで考えているなんて。
私は『綺麗な花が見たい』程度にしか思ってこなかったけど、彼女は一番活かすタイミングを狙っていたんだ。
でも、言われれば何となくだけど分かる気がする。だって隣にいる美兎ちゃんを見れば普段と雰囲気が違うから。
桜を見に来たはずなのに、いつの間にか花吹雪を纏った彼女から目が離せなくなっていたから。
「んふふ、今日はめっちゃ見てくるじゃないですかぁ」
「あ、うん、ごめん」
「別にいいけど、こっちも見るし。じぃー」
「やめぇやめぇ、恥ずかしいわ」
「うるせえ、こっちはこのために来てるんだよぉ」
肩に、頭に。舞い降りた花びらを払うこともせずに、思い思いに見たい景色を楽しみながら歩を進めていった。
並木道は間もなく終点で、ピンクのカーペットは途切れてしまうようだ。
「もうすぐ終わりですね」
「寂しいん?」
「それは楓ちゃんでしょ」
「うっさ」
くっそ、心を読まれた。
「でもさ、散り際が一番綺麗に映えるって。存在自体がエモいですよね」
「おぉ……そう言われるとエモいな」
「これを見るとね、また来年も見に来たいなって思うんですよ」
「……せやね。…………来ような、絶対」
「ほいほい。んひひっ」
計画通り、みたいな態度で無邪気に笑う彼女。ええよ、約束な。
ただの花見散歩だし、美兎ちゃんもそんなに深く考えて話しているわけじゃないんだろうけれども。
散り際のことばかり考える私としては『桜みたいに最後まで輝きたいなあ』なんてぼんやりと考えていた。