用意ノ日本刀ノ鞘ヲ払ヒ、犇メク(ひしめく)腕ヲ、手首ヨリバッサ、
バッサト斬リ捨テ、マタハ足蹴ニカケテ突キ落トス
救助艇が満杯になったのに、次から次へと人が船べりに手をかけてきて転覆しそうになるので、「初霜」の隊員が軍刀でもってそれらの人々の手首を切り落とし、足で蹴り落としたというのである。なおこの文はGHQの検閲により何度も書き直しをさせられたものである
当然ながら、この記述を知った「初霜」の元・乗組員や海軍関係者の反発・反論は激しいものがあったが、『戦艦大和ノ最期』は昭和27年の初出版以降、“悲劇の戦艦・大和”を世に知らしめた作品として第一級の評価を受けつづけ、映画やテレビドラマの原作にも採用された。
平成17年、朝日新聞「天声人語」が戦争の悲惨さを表す逸話としてこのことを取り上げたところ、産経新聞が「初霜」元・乗組員の反論文を掲載した。
元・乗組員の松井一彦氏によると、松井氏が『最期』著者・吉田氏に、軍刀の件は事実無根として記述の削除を求めたところ、
吉田氏は検討するという意味のことを手紙で述べたらしいが、結局それ以後の版でも削除や改定がなされないまま吉田氏は亡くなってしまったという。
また別の証言によると吉田氏は、『最期』はノンフィクションではないから、全部が全部事実を書いたものではない、というようなことを言ったという。
「初霜」元・乗組員や他の関係者(「雪風」元・乗組員など)たちは様々に、軍刀の件が事実無根であることを述べてきたが、
『戦艦大和ノ最期』が「大和」特攻の“真実”を描いたものだという認識が根強いこと、加えて「あの当時の日本軍ならやりかねない」という一方的なレッテルもあり、
依然として「初霜」救助艇がそのような行為に及んだという認識は、払拭されていないのが現状のようである。