真新しいスーツに身を包む新入社員が、はつらつと行き交う春のオフィス街。
家族に知られないようにと取材場所に指定されたビルの一室で、白髪交じりの女性(79)はため息をついた。

「私が生きているうち、何とか息子を社会につなげないと…」

女性は自宅で、59歳になった息子と暮らしている。
息子は定職に就いておらず、生活の頼りは両親の年金だ。

息子は幼少時から引っ込み思案で、人付き合いが苦手だった。
学校で孤立し、いじめられることもあった。
高校で不登校になり、受験に失敗してからは家族との会話も減った。

「息子が1人で生きられるようにするのが、親の最後の責任」

弟が先に就職した春。
家族が喜んでいると、家中に「アイゴー」とうめき声が響いた。

2階の部屋で布団にうずくまり、震える息子が叫んでいた。
父や他の兄弟は有名国立大出身で、プレッシャーや負い目があったのかもしれない。
「気持ちを分かってあげられず、ごめんね」
女性は息子に寄り添い、涙ながらに謝った。

それから30年ほどの間、息子は仕事に就かず「ひきこもり」となった。
近所に買い物で外出しても、家族以外との交流はほとんどない。

「兄弟には迷惑をかけられない。息子が1人で生きられるようにするのが、親の最後の責任です」
女性は支援団体に通い、相談を続けている。