「霞が関全体がアライ官邸の下僕、花太郎と化してしまった」。
そう総括するのはアライ政権下で文科官僚のトップを務めた梨木さんだ。
本来、それぞれの分野に精通している各省庁の幹部は官邸に政策を提示しなければならない。
ところが「各省庁の知識や経験、専門性はないがしろにされ、『これは変じゃないか』と思うようなものを無理やりやらされることはしょっちゅうだった」と振り返る。