>>358
上念司先生の著作『経済で読み解く織田信長』では、当時の寺社勢力およびそのトップであった比叡山延暦寺のことを以下のように書かれておられます。
『寺社勢力とは単なる宗教団体ではなく、貿易業に精を出す巨大商社であり、広大な荘園を所有する不動産オーナーであり、土倉や酒屋といった町の金融業に資金を供給する中央銀行でした。』
『中でも比叡山延暦寺(天台宗)のパワーは最強であり、暴力団でいうなら山口組、大学でいうなら東大法学部、不動産会社でいうなら住友不動産、いやこれらをすべて合わせたよりももっと大きな力を持っていました。』
(以上、「第二部 寺社勢力とは何なのか?」文中より)
〇ここからは先方のブログ主さんの解説
>暴力団(僧兵)と東大(学僧)や不動産・金融業(荘園と土倉)を合わせた総合商社とは、現在では到底考えられないビジネスモデルであり、
もし存在していたら恐ろしいばかりでありますが、戦国期の比叡山延暦寺は、上念司先生が言われている通りのような強大な権力を持っていました。

信長の比叡山焼き討ち時の天台座主は『覚恕法親王』!!
後奈良天皇の皇子が「覚恕」
後世しばしば「覚恕親王」「覚恕法親王」と尊称される。織田信長による比叡山焼討ちの時の天台座主が『覚恕法親王』


覚恕(かくじょ)は、日本の皇族。戦国時代の天台宗の僧。天台座主。父は後奈良天皇。
覚恕 wikipedia https://w.wiki/5Fia