0001逢いみての… ★
2020/02/22(土) 00:07:50.23ID:CAP_USER2018年3月東京都目黒区 船戸結愛ちゃん殺害事件
2018年3月、東京・目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった事件では、継父による度重なる暴行や食事制限があった。家族が寝ている朝4時頃からひとりで起床し、ひらがなの練習をするよう父に命じられ、亡くなった時の体重は、同年代の平均体重20キログラムをはるかに下回る12.2キログラム。体には痣もあった。
父親の船戸雄大と母親の優里被告はそれぞれ保護責任者遺棄致死などの罪に問われ、昨年、東京地裁で裁判員裁判が開かれている。優里被告には9月、懲役8年の判決が言い渡され(求刑・懲役11年)、現在控訴中。雄大被告に対しては同年10月、懲役13年の判決が言い渡され、控訴せず確定(求刑・懲役18年)している。
結愛ちゃんは、優里被告と前夫との間に生まれた子どもで、雄大被告は2人目の「パパ」だった。2016年4月の結婚当初、雄大被告は結愛ちゃんにも優しく接していたと、優里被告は法廷で語っている。ところが徐々に結愛ちゃんへの説教の時間が長くなり、虐待へとエスカレートした。優里被告に対する判決で東京地裁は、衰弱していた結愛ちゃんを病院に連れて行かなかったことなど「相応の役割を果たしていて、厳しく非難されるべき」としながらも、雄大被告による「看過できない心理的影響があった」ことを認定している。
妻を精神的支配下に置き、子どもを傷つけて死亡させた雄大被告は北海道札幌市育ち、バスケットボールに打ち込む少年だった。大学進学のため上京してからもバスケットボールのサークルに入り、リーダーとしてメンバーをまとめてきた。卒業後は通信関係の企業に就職。東京に残り5年ほど仕事を続けてきたが、「もう通信関係の仕事はやりたくない、他の仕事がしたい」と仕事を辞め、札幌に戻った。高級クラブのボーイとして働いたのち「ちょっとお店が困ってる」という友人が住む香川県へ。高松市の繁華街でボーイとして働いていた頃、優里被告と出会った。
「困っている友人を放っておけない」そんな雄大被告は、被告人質問で結愛ちゃんに対するしつけについて問われ「うまくいかないことを繰り返すうちに怒りが強くなり、暴力の方向に行ってしまった」と語った。また優里被告は公判で、雄大被告の当時の言動について、こう語っている。
「香川にいたときから、説教中に私が『自分はアホでバカ』などと自分に否定的な発言をすると、雄大が喜んで機嫌良くなる。結愛のことも『悪いんや』って否定的な言葉を使うことで、攻撃がなくなると思って結愛のせいにしていました」
「説教の中で、考えが浅いことをすごく指摘されてて。毎日毎日『先のこと考えろ、先のこと考えろ、何も考えずにやるから失敗するんだ』と……」
続く
以下ソース
https://friday.kodansha.co.jp/article/97313
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