誰もが衝撃を受けた、安倍晋三元首相の銃殺事件。

 大きなニュースがあると、必ず「陰謀論」も湧き上がる。筆者はツイッター上で、これまで様々な医療デマや反ワクチン思想などを垂れ流してきたアカウントを事件直後から観察した。

 予想通り、数千〜数万フォロワーを抱えて“陰謀論インフルエンサー”となっている者達が、稚拙な投稿を繰り返している。

 そこには、混乱のなか懸命に救命にあたった方々や、悲しむ多くの人々、そして故人の功績までも踏みにじるような戯れ言の数々が渦巻いていた。

 まず信じられないことに、それら有象無象は、今回の事件を「ヤラセだ」と本気で思っている。単なる検索サイトのバグをスクリーンショットし、「2日前に記事が用意されていた」との画像まで拡散する始末だった。「報道が早すぎる」「メディアのヘリの方が先に病院に到着した」などの疑念が募ってそうさせたようだ。

 記者が多数いる状況下で起きたことだから、情報が早いのは当然だ。

 大手メディアの記者は、たとえ若手で未熟でも、何か事件があった時はすぐデスクや本社の指揮系統に連絡することを叩きこまれている。その伝達によって社内で記事が作られ、素早くネットに流せるシステムも確立されている。

 全国紙で警視庁担当も務めた元記者によれば、「今回の一報(速報)は遅かったぐらい。『何か音がして安倍さんが倒れている』との事実だけで記事を流すのは当たり前」。ヘリ手配についても、「大事件であり、ヘリを使える社なら数分程度で飛ばすかどうか判断したはず」と話す。

 これに関連して「犯人の名前や家が分かるのが早すぎでは」「なぜ容態や運ばれる病院が分かるのか」などの疑問も全て一蹴できる。

「警察や官邸筋から記者に情報が渡ることは珍しくない。現場でレク(発表)がなくても、県警からの警察庁への報告をいかに早く手に入れるかが勝負。東京で事件担当を任される力量でそれができない記者はまずいない」(同・元記者)

 一般からすれば情報漏えいとも思われそうだが、事件のニュースは通常このようなルートを持つ記者たちの迅速な働きで読者や視聴者に届けられる。「早すぎる」のはプロの仕事をこなした証だ。

 そして当たり前だが、警察もまたプロであることを忘れてはならない。「銃創が不自然」「他の銃弾が見つかっていない」など、ネット上で勝手な検証を始める者は後を絶たなかったが、少なくとも素人が思い付くような懸案を調べない訳がない。要人警護の不備を指摘される中にあって、捜査上の見逃しは許されない。既に銃創も解説され、銃弾の跡も見つかったと報じられている。

「ヤラセ」の根拠として、噴飯ものの“都市伝説”も拡がっていた。「クライシス・アクター」と呼ばれるものだ。異なる事故や事件現場の画像から似た人を見つけ「また同じ人が出演している=茶番である」と騒ぐ程度の低いネット民がいる。

 特に有名なのは「M・H(実名イニシャル)」という女性で、実在の人物だ。テレビ局員として現場レポートやいくつかの番組に出演した画像が出回ったことから誤解され、陰謀論者の誹謗中傷の的にされている。

 今回は救命措置をする輪の中にいた女性がM・Hさんとされ、「やっぱりね」などと揶揄を受けていた。

 荒唐無稽が過ぎる「安倍元首相生存説」も流れた。「本物は逃げている」「亡くなったのは影武者」などの妄言が確認できる。これらはQアノン信奉界隈などではおなじみ「ゴム人間」という用語が源流。著名人はゴム製マスクをかぶった偽者が多い、とのことだ。介抱される安倍氏の「ズボンが後ろ前」との指摘もあった。これは「状況が裏返ることのメッセージ」らしい。

 いずれも何を言っているかよく分からないが、「耳の形が」「首の皺が」「服装が」と、画像の映り具合で騒ぎ立てる者は一定数いる。政治家や芸能人は特に標的にされやすい。

続く

以下ソース
https://nikkan-spa.jp/1844365