いや、噴飯ものなのが、講釈の行為、存在自体が彼の理想郷をぶっ壊してることだよ。
顔手や買物、女性へ支出できない男にそもそもパパ活のパパとしての需要はない。
顔手ケチる男が増えれば、パパ活が廃れるのは当たり前の話。
パパ活の廃墟化に一番手を貸してるバカが講釈。

結局需要のない男が勝手にパパ活の現場にやってきて、末期円光のやり口でやりたいとわがまま言っても、
通じるわけがない。

ただ、講釈というのは「弱者男性」の思考様式がよくわかるサンプルではあるわな。
こういうのが増えるとパパ活はこうなるという図式的理解の一助にはなる。