桃の割れ目に沿ってナイフを入れる。
 くし形に切って、皮をはぐように剥く。灰皿を寄せて皮を落とすと、甘い香
りが漂う。
「灰、落とすなよ」
「うん。口開けて」
 素直に開けられたアベ君の口へ、桃の一切れを落とす。ナイフに乗せたまま
すべらせたので、彼の目が少しだけ真剣になるのがおかしい。
「美味い?」
「甘い」
 彼の手が伸びて、白い指が俺の唇からタバコを奪った。ひと口吸ってから、
眉を寄せる。そのまま灰皿の方へ見当をつけたらしく、投げ込んだ。
 俺はそれをまた取り上げて、ガラスの底面に押しつける。
「どうしたの」
「桃が甘かったから、タバコが不味い」
「口直しする?」
 うん、とアベ君は再び口を開ける。
 まだ桃は剥けていなかったので、俺は身体を折りたたんで彼の唇にくちづけ
る。
「……そうくるか」
「待ってよ、今剥くから」
 すぐに身体を起こしたのは、刃物が危ないからだ。ナイフを持つ方の肘でソ
ファを押して、桃を持つ腕でバランスを取って。
 次を剥けば、雛のように口を開ける。
 俺は次々に果肉を種の部分から切り離していく。皮を剥く。
 甘い香りが広がって、空間を侵食する。俺の手はべたつく桃の汁で汚れる、
腕をとどまらなかったそれが伝う。
「そんなに美味い?」
「喉が渇いてたのかもな」
「そんなに鳴いたっけ」
「そんなに鳴かされたよ」
 お前に。
 アベ君が目を細める。彼の形いい、少し尖った鼻を見ていたら、なんだかた
まらなくなって自分の腕を近付けた。