朔なので月もない。
しかし、いまにも降ってきそうな星々が明るく輝いて、月が不在の夜を寂しくないように慰めていた。
猗窩座は、船に乗って、ゆっくりと夜の海に漕ぎ出す。
杏寿郎と一緒に星空を見上げた夜を想った。
あの瞬間が永遠のように感じられる。
女王が待っていた。
「久しぶりね」
「そうだな」
水面の上に姿を現した女王は、相変わらず漆黒の髪を背に流した優雅な姿である。
その白い顔には、喜びも悲しみもない。
どんなときでも変わらない彼女の存在に、なぜか猗窩座は奇妙な嬉しさを感じた。
「約束を果たしに来た」
「ええ、待っていたわ」
女王が船の近くに泳いでくる。
「あんたは俺からたくさんのものを奪っていった」
女王は、その言葉に暫し動きを止め、じっと猗窩座の顔を見上げた。
「だから……俺に同情しろ」
女王は、軽く頷いて、猗窩座に近づいた。
猗窩座は、デッキに片膝をつき、人魚と顔を見合わせる。
人魚の片腕が猗窩座の首に回り、もう片方が猗窩座の頬に触れた。
猗窩座もまた手を伸ばし、人魚の頬を撫でては髪を掻き上げる。
しばらくの間、そうして頬を撫でていた猗窩座が、柔らかく微笑んだ。
「会いたかった」
ざぶん――短い水音が響き、余韻もなく消える。
そして、海は静まり返った。