2025.4.27. #やさしくない世界に生きて

今日はこれといって何かをした、というわけでもない。
洗濯は29日のAM にでもすればいいやと考え、その日の夕方からTOKYO FMのイベントに当たったので行くだけである。
ギグワークをしたいと思っても、正直に 言うと、ない。
さあ困った。それでも生きるしかないわけである。外に出たといってもスーパーやコンビニに行っただけである。
あとはいつものようにTBSラジオを聴いていたくらいだ。
なんだかふと、SNSの類を止めたくなってきたなと頭の中によぎってきた。
ゲイアプリなんて足跡ほとんどないし、インスタのストーリーやフィードをアップしたってフォロワーさんくらいだ。
見ていてもあらゆるところで場違い感を覚える自分は外に出たって奇異的なものにしか見られない。
言葉が流れるような場所はヘイトや偏見だらけで何もかもがイヤになってくる。
noteについては詩しか載せないし、何か書いたって反応が薄いから何も書きたくない気分だ。
やさしくない世界だなとつくづく思う。とかくみんな厳しい
他人には特に厳しい。
SNSだと特に強気になるもんな。これじゃ誰も思いやれない社会になるわな。
基本自分以外のことは関わりのある人たち以外はどうでもよいとはなるけれど、不思議と自分はどう見られているとかなど、気にする人は自分も含めているのだよな。
そういう意味ではみんなつらいのかもね。余裕がないというかね。
人にはそれぞれいろいろな考えがあるのは分かるけれど、せめて傷つけないような言葉を記さないようにはしたいよね…