前年84年ロス五輪で史上最低(当時)の銅メダルに終わったため、日立中心路線が否定されたから。
もう日立だ、ユニチカだ、という時代ではないということで、小島監督、山田コーチという体制となった。
松平専務理事(副会長になっていたかも)も、
「挙国一致体制でソウル五輪金メダルを目指す」と発言していたはず。
しかし絵に書いた餅。小島バレーと山田バレーは融合するばずがない。
まず山田バレーはスタメン固定で守備も攻撃もコンビネーションを追求するバレー(76年モントリオール五輪、77年W杯)。
一方の小島バレーは、メンバーチェンジでリズムを作るバレー(72年ミュンヘン五輪ら白井投入でフルセットまで持ち込むが敗戦、78年アジア大会は劣勢が予想されたが奥嶋や川又といった控え投入が当たり金メダル)
85年W杯の杉山から佐藤への交代は、私も疑問を感じたが、これが小島バレーなんだとも思った。