◆ザ・ベストテンの思い出のシーンを語ろうPart53
>>172
こっちにもきたの?テレビスレでもしつこくジャニの話してたけど
そいつの嘘はバレてるのに お前誰だよってレベルのやつがプロデューサーとの
話し合いに出るわけないでしょ
それに少年隊の仮面舞踏会の次に続けてデカメロンを1位取らせるように
したって嘘じゃない
その間に明菜が取ってるのに >>170
なんでもジャニのせいのバカ
高橋良明や小川範子なんて10位ギリギリレベルなんだから
ランクインしなくても不思議じゃないでしょ ギリギリランクインしてるなら、ベストテンもランクインしておかしくないじゃないw >>174
話し合いってそんなきっちりしたもんじゃなくて当時ジャニーにいろんなところ連れ回されてて、ベストテンのスタジオにジャニーと来てリハだか本番だかを一緒に見てた時に番組関係者とジャニーが話してたのを横で聞いてたってことだったわ それなら最終回の1位もいじって光ゲンジにすればよかったじゃない
叩きに便乗して出てきたやつなんか信用できるわけがない >>170
コーラスラインがランクウインしたときの得点を知ってる? オリコン最高8位の「しなやかに歌って」がザ・ベストテン1位
こういうのほんとイヤ
当時はそんなこと知らなくて大ヒット曲だと思ってたけど。
まあでも低い点数での1位だったのよね。8200点ぐらい?
後年はオリコン最高8位の曲がザ・ベストテン1位ってなかったわよね? 魅せられては大ヒットなのにベストテンはベスト3入りも出来なかったんだっけ?
たそがれマイラブとかも >>183
1979.11.1 8389点で1位
当時としてはショボい点よね。大ヒット曲がなかった時期ね
オリコンデータは
8位 27.1万枚 1979.9.1 4要素しょぼい島田奈美や立花理佐が何曲もランクしてる時点で裏操作お察し ↓何かしらあったわよね?
守谷香
島田奈美
立花理佐 立花さんは露出も多かったしまあまあ人気あったと思うわ
志村香さんは全日本女子プロレスのアイドルレスラー顔だわ 姫乃樹リカ ときめいて 16位
国実百合 青い制服 19位
国実百合 ボーイフレンド 20位
国実百合 秋色の街 20位→19位
国実百合 友だち以上 18位
吉田真里子 とまどい 18位
吉田真里子 さよならのリフレイン 15位→16位→20位
このあたりが10位内に入ってくる勢いがあればね
もっと盛り上がったんだろうけど 青い制服、19位?
もうちょっと行ってたかと思ってた…。 国実さんて顔の作りが派手すぎたわね
あとイメージ戦略として優等生っぽさが強すぎてやっぱりちょっと緩くてやらせてくれそうな子がアイドルとしては大成するのよね むしろ吉田真里子が20位内にランクインしてたのがびっくりだわ 2人と同じ学年の知美や15〜16才でデビュー だから高3デビューは特におばさんに感じたわね。86年の水谷麻里を皮切りにゴクミ、GWINKO、長野知夏、藤谷美紀、小川範子、アイドル夢工場、光GENJIの赤坂、佐藤アツヒロ、高橋良明、
坂上香織、麻田華子あたりのローティーンブームで何人かはベストテンにランクしたり11位〜20位なんかにも出てきて。 >>184
たそがれマイラブはオリコン2位でかなり長くレコードが売れていた割に、ベストテン最高位6位で5週しか
入ってないのよね
同時期の「青葉城恋唄」「戦士の休息」もそれぞれ1週、2週のランクインなのよね 戦士の休息はもう落ち目に近い時期に、やっと入ったのよね
自習は17位に転落だから、間隙を縫ってなんとか入ってラッキーだったと言うべきかしら
きちんとスタジオで歌ってくれたし映画もヒットしたわね 国実と仲村のスポットライトの時
ニュース速報入ったのよね ナンノの吐息でネットの時は上海で日本の修学旅行生29人が亡くなったテロップが流れたわよね。小川範子がスポットライトで出た日でもあるの。 >>185
後年なら27万枚売れてたら
オリコン1位とれてそうだわ 次にBOXが出そうなのは誰かしら ツイスト、吉川晃司辺り…
マッチって出してたっけ >>185
>>202
オリコン
9→9→8→8→9→9→9→15→17→20位
百恵にしては息が短いね
ザ・ベストテン
10→7→3→3→2→1→4→4→2位
オリコン順位との乖離が凄い 百恵のシングルって76年、77年がピークで78年からは下降線だったとも言えるんじゃないかしら。
78年って「プレイバック」「いい日旅立ち」が50万以上売れたけれど「乙女座宮」「絶体絶命」は30万台。
79年は「美・サイレント」「愛の嵐」が30万台、「しなやか」「愛染橋」は20万台。
80年は引退発表で盛り返したものの40万台に達する曲はないままに終わる。
でもアルバムは78年後半からの方が、それまでより売れ出して引退まで10万台はキープ。 多分「しなやか〜」は週3万枚ぐらいの売上でオリコン8位だったんだと思う
これの前の「愛の嵐」は13週ザ・ベストテンに入ったんだけど
あたし当時この曲を聴いた記憶が全くないのよね
「美・サイレント」と「しなやか〜」はあるのに。
売上だって33万枚ぐらいでしょ?よくこんなに入ったわね 78年はニューミュージックの台頭で前年まで好調だった
ピンク旋風はあったけど淳子宏美裕美なんかが皆落ちて行って郁恵真子はその人気程レコードが売れていない中
百恵だけがコンスタントにヒットを出したんだから大したもんだと思うわ しかもアルバムは売上伸ばしていったんだから人気は落ちてないし、アイドルとしてのあのキャリアで20万30万キープは凄いわ。 百恵の後期を、簡単に下降線だの落ち目だの言うけど、あっという間に下火になったピンク・レディーや、
もはや連続ベストテン入りもしなくなって20万切るようになっていた岩崎宏美などを見ても、
いかにコンスタントに長くヒットを出し続けることが難しいかってこと。あの時期(79年〜80年)、他に百恵を超える同世代アイドルがいたかしら? 百恵さんはセールスが落ちても落ち目感がなかったわね
相変わらずテレビにはよく出ていたし、結婚を世の中が祝福した感じ >>207
私もそう! 前後は知ってるのに「愛の嵐」は知らなかった。
で、「愛の嵐」「しなやか」「愛染橋」は週間2万台で3万突破の週がないわね。
「美・サイレント」までは4万台を売る週もあったのにね。
でも「愛の嵐」は地味に粘り強く売れてるわね。
>>213
簡単になんて言ってないわよ。
百恵は確かに凄いわよ。
ピンクや宏美なんか関係なく百恵自身の推移を見て言っているのよ。
以前の百恵に比べて落ちてきているって。 あの時代、百恵さんが凄いなら沢田研二は超越して凄い。女性では百恵さんでしょう
次の世代の松田聖子や中森明菜のほうがアイドル歌手としてトップでいた期間が長そうだけど
「しなやかに歌って」は楽曲としては百恵さんのアルバムの曲ほどいいと思えない。でも歌う姿がいいのね。だから1位になった 単なる世代の問題なんだと思うけど、ジュリーの凄さが全く皆目見当つかないのよ。
正直、不気味なオジサンって印象しかないの…w うちの母がジュリーより5つ下だけどめっちゃファンだったからあたし幼稚園の時からLOVE抱きしめたいとかカサブランカダンディーTOKIOをレコードで聴いてたわ。6番目のユウウツとかおまえにチェックインもベストテンでの印象強いのよ。 >>219
どれも衣裳とか振り付け、セットが思い浮かぶ曲ばかりよね >>208
>>209
1人か2人か知らんけど、こういう根性の悪いババアが同サロにはいるんだね
「愛の嵐」の記憶がないって書いただけでこんなに叩かれるなんて
わたし百恵のザ・ベストテンDVD持ってるけど
この曲13週入ってるけど、映画の撮影かなんかで欠席が多かったんだよね 沢田研二はメリハリの全然ない貧弱な体型よね
歌とかパフォーマンスはもちろん素晴らしいんだけど >>221
気にすることないわ
そういうのは実生活不満だらけの可哀想な人達だから ジュリーの肉体は貧弱ではなく妖艶と表現するんじゃないかしら 女性でも最後の方は松田聖子に抜かれて終わったとか言われるけどヒット曲、勢い、人気では聖子以前に石野真子が上だったんじゃない? 明星のランキングでは80年に百恵をかわして1位になったわね、真子は
ただ長渕剛から求婚されて本人もファンもどうでもよくなったのよ。その冷静な判断が百恵にあって真子にないところ。真子は歌がホントにうまいけど文才はなさそうね 真子は80年が頂点だったけど、一応ベストテンにも2曲ランクインしたからファンとしては純粋に嬉しかった オリコンで10位内に入っていないとかよく言われるけで洋楽含めてのランキングだから
70年から80年初頭は2〜3曲洋楽が入ってたから除外すると邦楽ランキングがあがるのよ
地元のラジオ局で邦楽だけのオリコンランキングを速報で土曜日電話でオリコンの社員に聞くコーナーがあって当時メモしてたけど夏のお嬢さんなんか9位まで上がっていたわ
それからゴダイゴがモンキーマジックの途中まで洋楽に登録されていてランキングに入らなくて
ガンダーラ大ヒットなのに入って無い事をリスナーから質問来てたのも懐かしい思い出よ 夏のお嬢さんの時は、上位にビージーズやビリージョエルなんかが居たから、当然、繰り上がるのよね
ベストテンも同じ方式で 番組にが始まった年、淳子がどんどん人気がなくなっていくのが百恵と比較して哀れに感じてたわ 野口五郎って桜田淳子より早く紅白落ちたんじゃ? でもベストテン記録みると10位内に入ってたりする(コーラスラインはオリコン24位、ベストテンではランクイン)
男性アイドルファン(女アイドルでもいたけど)、組織票がひどいからな。百恵のしなやかに歌ってが話題になってたけど郷ひろみのマイレディーとかいう曲(有名じゃないと思う)はオリコン8位、ベストテン5週連続1位。ひどすぎ あたしも当時小学生だったからオリコン知らなくて、郷ひろみってスゴイ売れてんのねって思ってたわ
後で知ってベストテンのカラクリがわかったけど、未だに不思議に思うわ この頃は絶好調秀樹に比べて
ひろみと五郎は低迷期だったわね
その後大ヒットが出せなかった五郎に比べ
ひろみはベストテンの連続1位で箔付けて復活したのに
ベストテンを拒否するようになるのね >>231
マイレディーの頃は他に強豪が居なかったから、首位に立っても腑抜けな感じだったわ
つまり、4要素全てで上位にくるような大ヒット曲が周囲に無かっただけ 確かに79年は夏までに大ヒット曲が集中して
秋は秀樹は一段落して百恵ジュリーはコケてツイストもパワーダウン
確かに大ヒット曲の無い時だったわね >>233
ひろみの1979年ってホント低迷してたのね
全然シングル売れてない
地上の恋人 17位 9.8万枚
ナイヨ・ナイヨ・ナイト 24位 7.1万枚
いつも心に太陽を 12位 11.3万枚
マイ・レディー 8位 34.9万枚
ザ・ベストテンにはナイヨ〜以外入ったのよね? アイドルとしてブレイクしてそのまま30万枚以上のセールスを出し続けるって5、6年が限度。百恵も郷もそうでしょ
沢田研二や松田聖子は結婚休業や海外盤挟んだりして飽きさせなかったから7,8年30万以上を出し続けたけど例外よ。化け物ともいえるけど 百恵って最後の年も30万枚以上売ってたわよ
逆に郷はたまに30万枚以上売れてた感じでしょ 中森明菜は7,8年目にあの事件ということでは…でも山口百恵よりピーク長いかもね。山口百恵はブレイクの「ひと夏の経験」が1974だから…女優としてかなり人気だったみたいだし歌だけに集中できなかったでしょ
郷ひろみは西城秀樹より長持ちした。たのきんが出た後も大ヒットいくつか出したしね データ見たら中森明菜は82年デビューで88年から30万割れが出てきてるけど、80年代後半のシングルセールスは全体としてかなり低いからその3年ぐらい前なら40万台だったはず 70年代の試行錯誤があったから80年代のアイドルが長持ちしたというのもあると思うわ
あと80年代はニューミュージック系の作家に依頼する事が増えたので曲にも飽きが来なかったわ >>235
その通りなのよね
ジュリーは「ロンリーウルフ」がベストテン入り逃してるし、ゴダイゴも売り上げが落ちてきて、ツイストも「SOPPO」ってビッグヒットではなく
あとサザンもそこそこヒット曲は続いてたけど、「いとしのエリー」の後だけにちょっと小粒なのよね ジュリーはタイガース(1967年〜)期はアイドルだったかもしれないけど、PYG以降はアイドルじゃないというスタンスなのでは?
あと長持ちさられせることがエラいとも思わないわ
百恵の戦略は、淳子はじめとするアイドルという存在を否定したことで受け入れられてきた節があるから、特にそう思うの 今までにも話題になったけれど「ロンリーウルフ」だけ
何であんなに売上落としたのかしら。
オリコンで8万ぐらいしか売れなかったんでしょ?
順位も18位だっけ?
ロンリーウルフに限らず80年にリリースした曲は3曲ともオリコン10位圏外でベストテンにもランクしなかったわよね
退屈なメロディーとサビに入るタイトルの言葉が合ってなかったわ 1979年はオリコン1位になったHERO、魅せられて、きみの朝、おもいで酒、関白宣言、親父の一番長い日が
ザ・ベストテンでは1位になってないのよね 駄作だったからに決まってるじゃない
OH!ギャル 5位 27.1万枚 1979.5.31
ロンリー・ウルフ 18位 8.9万枚 1979.9.21
TOKIO 8位 33.8万枚 1980.1.1
売れてからのキャンディーズもこんな感じの売上推移だった ジュリーはおまえがパラダイスも
ランクイン逃してるわね。
軒並み80年は低調だわ。
ロンリーウルフって当時も全く
記憶に無いし今聴いても全然
ピンと来ないわ。 >>245
否定したっていうより個性でしょ
真理めぐみ淳子アグネス美代子と違って
百恵にはマイナー調の曲の方が合ってるわ
沙織はどっちとも言えない気がするけど 百恵ちゃん祭りとかいうのをyoutubeで見たことあるけど、彼女がアイドル否定してたの? エロ水着画像もたくさんあるけどw
百恵が女性アイドルとしてすばらしかったのはアルバム。三浦友和なんかと結婚してそれが今でも語られるからただの元アイドル扱いだけど。ただ愛染橋とかで新路線に行くのかと思ってたから引退はホント残念 百恵さんのアルバムがアイドルとしてクオリティ高いのは沢田の影響なのか、南沙織もいいアルバム出してたらしいからその影響なのか
つかベストテンの話題からそれてすみません >>251
「おまえがパラダイス」が12位の時の4要素
ハガキは相変わらず強いけど、レコードはじめ有線もラジオも勢いを欠いているのよね
https://ohtoribest.net/810219.html 5.5万枚しか売れなかった「愛の呪文」が3週もランクインした時の4要素
12.0万枚売れたのに最高12位2週だった「Love Fair」のその時の4要素
どなたか教えて 島田奈美のNO!もオリコン13位、初動1.3弱、総売上2.7万枚で良くもしゃーしゃーと
ランクしたもんだわ >>228
コンフィデンス年鑑の1980年版を見たら
確かにゴダイゴのガンダーラとモンキー・マジックが「オリコン洋楽TOP DISK賞」を受賞している
https://dl.ndl.go.jp/pid/12431086/1/46
ちなみにオリコンではドリカムのWINTER SONGとWHEREVER YOU AREも洋楽として扱われている
(この2枚は洋楽の規格品番から出ていた)
https://www.oricon.co.jp/confidence/special/52827/7/
ある曲が洋楽曲か否かは、当時のレコード会社の判断によるものなので
「邦楽アーティストによる英語曲」や「海外アーティストによる日本語曲」が洋楽とみなされることがあるとのこと
https://pbs.twimg.com/media/GfuCGNebMAAlhGf?format=jpg&name=orig >>257
愛の呪文はCMにも使われて
テレビで歌う機会も多くてよく耳にしてたし
その曲で紅白にも初出場してたと思うから
少なくとも10万超えはしてたんだと思ってわ
秀美後期の唯一のヒット曲だと思ってたのにその売上枚数だとちょっとヒットとは言えないわね…
3週もランクインしてたということはやっぱりハガキが強かったのかしら コーセー社員関連がハガキ書きまくったって説が定番よねw
しかし、あんなしょーもない曲が3週も入るなんてね
接近しましょは秀美の最高記録オリコン4位なのにベストテンは入ってないのも意外 >>261
演歌ランキングもあって高田みづえが演歌に登録されていて
パープルシャドウやドリームオンドリームが五木森八代亜紀に混じって入ってたと思ったけど
何分大昔の事で記憶が曖昧だからごめんなさい もっと接近は割と高い順位でへえこれ売れてんだーって記憶だったけどあれはトップテンだったのかしら 愛の呪文
オリコン初登場7位→14位→21位以下
こんな順位の曲がなんで3週もランクインしたのかほんとなぜ?の嵐だわ
点数も2週目?6400点ぐらいだったから余裕でランクインする点数だったのよね
同時期の少女隊は5100点ぐらいで10位だった 調べた。オリコン順位低いくせに結構いい点数なのよね
9位 5836点
7位 6479点
10位 5663点
13位 4786点
21位以下 >>257
「愛の呪文」3週目(5663点)の時のはメモが残ってるんだけど、ハガキが3位のほかは10位以内には入ってないわ >>254
ディレクターがシングルは酒井さんアルバムは川瀬さんで
シングルは売れなきゃいけないけどアルバムは結構自由にやらせてくれたんだって
その川瀬さんはビートルズマニアでアルバムはコンセプト重視。
花ざかり COSMOS メビウスゲームなんかはスタッフがタイトルを決めて
そのタイトルで作家に依頼したらしいわ >>268
10位の時(秀美にとってザ・ベストテン最後のランクイン)って静岡でやったやつよね?
あたしリアルタイムでみてて、秀美なんでこんなにハガキの順位が高いん⁉って思った覚えがある
やっぱりコーセーの社員がハガキを書かされまくったのね
だったらレコードも買いまくれよ
たったの5.5万枚なんてショボ過ぎ。でもまあ3週も入ったからいっか 前作「Sea Loves You〜キッスで殺して〜」がランクインした時にベストテンスタッフに秀美ファンが多い、みたいな紹介されてたからスタッフが不正操作してたんだと思ってるわ 石川秀美の曲を並べてみんな出てくるの? ワンコーラス歌える人なんかいる? 顔はいつも半分にやけ顔
ああいう中途半端なのが売れておニャン子が出てきて有希子みたいなアイドルは絶望し、本田美奈子はワイルドキャッツになったのね だったらサンミュもレコードの自社買いじゃなくて
リクエストハガキ書きに力を入れれば良かったんじゃない? >>273
ボンドは自社買いよりもリクエストハガキ頑張ってたよね
伊代も頑張ってたけどレコード売上が追い付かなかった 不正操作
矢沢永吉(CM SONG)
石川秀美
少女隊
おニャン子関連
島田奈美
守谷香 >>273
ゲバッ‼とほぼ同時期の「Love Fair」
オリコン初登場6位→5位→9位→17位→21位以下なのに
ザ・ベストテンで6000点以上とってないのよね。最高位12位 2週
どんだけハガキが少なかったのよ
この時期有希子ファンが減ってたのはわかるけど、ならサンミュ社員がハガキ書きまくりなさいよ >>275
>矢沢永吉(CM SONG)
これって最高位11位だったと思ったけど、やはり10位以内に入らないように操作してたのかしらね
本当の順位を知りたいわ >>278
これのせいで、20位〜11位の発表を休止したのよね >>278
30万枚も売れたのにランクインしないなんて不思議ね この曲が20〜11位の時一切発表なかったのになんで最高11位だってわかるん? 財津和夫のWake Upとか
達郎のRIDE ON TIMEも
かなり売れたけどランクインしてないわよね。
やっぱり当時はレコードだけじゃ
ランクイン出来ないのね。 五郎みたいにオリコン最高25位ぐらいの曲がザ・ベストテン入りするなんて事があったらいけなかったのよ
後年はそんな曲一切なかったでしょ? ゴクミのdear drop も事前に本人がテレビで歌わないって宣言してたから11位よね
ユーミンにゴクミスタッフから曲の依頼があったそうだけど「歌いたくないって言ってる子の首根っこ無理矢理掴んで歌わせるとか私は反対だから断った」とラジオで述べてたわ 伊代のビリーヴ
TBSのドラマ主題歌だったのに
11位だったわね、1週くらいランクイン
出来ると思ったけど。
島田奈美のハローレディ
こちらも同じTBSのアニメ主題歌だった
けど11位でランクインしなかったわ。
あれだけすんなりランクインしてた
のにこれはランクインさせなかったのね。 >>276
よっぽどレコード自社買いを頑張ったのね
聖子休業後でサンミュも必死だったんでしょうね りえのデビュー曲ドリームラッシュは最終回だっけ?
1回だけランクインしたのに出なかったでしょう
裏のとんねるずに出てたならこれも11位以下でもよかったんじゃないの そう言えばベストテン末期頃は
クラスメイトのほとんどがみんなとんねるず見てたわ
私はホモオダとノリオが苦手だったから
ちょっとくらい良さそうなコーナーもあったけどさ頑なに毎週最後までベッテン見てたよ >>276
Love Fairと言えば11位以下のランキング紹介の時の花畑みたいなところをスローモーションで動く有希子の映像がこびり付いてるわ
ハガキだけでそんなにランクインできるならおニャン子こそ夕ニャンで呼びかけてファン総動員したら簡単に上位行けそうなのにね
おニャン子の場合はレコードも1位だし秀美よりはさらに上位かつ長くランクインできそう
後半フジがランキングに不満でボイコットし始めたと言われてるけどハガキ対策やってたのかしら? >>272
秀美の歌はほとんど歌えるわよ
テレビで相当流れていたから >>290
学校での話題の中心がとんねるずのみなさんのおかげですだったからあたしとんねるずに切り替えたわ
丁度ベストテンも魅力的な歌手が少なく面白さを失ってた時期だったし
あたしキョロ充だったのよ
ドリフが好きだったけど興味もないのにタケちゃんマンみたり >>288
ラブフェは普通にみんなが買ったんじゃない?
セシルのCMでガンガン流れてたからさ
次の「くちびるNetwork」はオリコン初登場1位→7位だったわよね
おニャン子曲の初登場1位からの急落現象の前だったから
こんな落ち方初だったんじゃない? 可愛くて歌も歌えて人気右肩上がり中で期待を感じさせた
84年秋のユッコのセシルCM曲と
ショートカットの失敗が目立ち精彩を欠いていた
85年秋のユッコのセシルCM曲の売上に大差ないってのがね
サンミュがなにかしたんじゃないの?
それぞれの直後の贈りものT→Uはほぼ半減近くに落ち込んでて
こっちは、まんまそれぞれの時点のユッコの人気の差が出た感じ >>291
ハガキは無理に書かせないとフジテレビスタッフが言ってたわ >>293
あたしも89年はベストテン が欠席多かったり爆風とかが中心に出演してつまらなくなったから
みなさんのおかげですに移行したわ。
司会者も渡辺正行や、箸にも棒にも引っかからない新人の柄沢とかいうアナに
変わってさらに魅力なくなったのよね。
欠席が多くてセット用意してコントとか
やり始めて番組自体がグダグダで安っぽくなったのよ。 出演するアーティストや曲がつまらなくなってとんねるずに乗り換えたって意見多いわね
私もまさにそうだったけど世の中の音楽シーンとしてはレコードからCDへの移行期で低迷してた売り上げが持ち直してユーミンのアルバムがダブルミリオンとか出始めてた時期よね?音楽シーンは盛り上がりつつあったのに番組としては人気が下がるというのはなんとも皮肉ね。
つかコントなんてやってたの??それは知らなかったわ。逆に見てみたいけど。 爆風、静香、Winkしか出てこないイメージだわ、89年のベストテン プリプリ、浜田麻里もいたわよ。
光GENJI、男闘呼組も。 >>287
となると本当は入っているのに操作で11位という説も信憑性落ちるわよね。 >>298
ビデオデッキの普及率が上がった時代だったから最初はベストテン を録画しながら裏のとんねるず 観てたのよ。せっかく撮ったのにつまらなくて早送りばかり、最終的には録画すらやめたわ。
バンドブームも歌番組衰退の要因ではあるわよね。ベストテン ってやっぱり視聴者の多くはアイドルや歌謡曲目当ての層だったでしょ?
全盛期もアルフィーとか出てたけど
バンドブームになってからいわゆるビジュアル系のヘビメタみたいなのがワラワラ出てきて
一気に興味がなくなってしまったのよ。
ちなみにコントは部屋のセットみたいなので爆風やWinkが小芝居してたわw バンド好きは夜ヒット、歌謡曲、アイドル好きはベストテン トップテンてイメージあったわ なんかTUBEが古びた列車内のボックス席で
柄の悪いおっさん達に囲まれて実話が元のコントした後で
役者のおっさん達が整列お辞儀してTUBEの曲が始まる
なんの曲か忘れたけどそんなのあったよね >>305
前田本人は雲隠れしてたのよね
確かドラムの松本が「シーズン・イン・ザ・サン」を手を振りながら歌ったわ >>303
確かにその頃には我が家にもビデオデッキあったけどわざわざ録画してまで見てなかったから本当に番組への興味を失ってたのね
でもやっぱり終わるってなるとすごく舐めたくて最終回だけは見たわ ベストテン末期は、確かに見てなかったわ。
意識高い系なのか欠席する歌手も多くて。
ソファもなくなったりしてなかった?
なんか違う番組みたいだった。 最初はハガキ40%、レコード30%だったのが、後期にはハガキ20%、レコード60%になって、
つまらなくなったのよ、 そう?番組初期のほうがつまらなかった
ハガキ40は異常
せめてレコード40、ハガキ30にしないと五郎みたいな奴が出て来る
本来はレコードが売れてる曲がヒット曲 こんなショボい売上の曲がハガキの恩恵で4週も入ったのよ
「愛の呪文」よりおかしいわよ
10→9→9→10位
コーラス・ライン 24位 8.8万枚 1980.5.1 オリコン順位がね
番組後期ってオリコン最高24位の曲なんてザ・ベストテン入りできなかったわよね
いつまでも言われ続けてる「予告編」だって
12位 4.0万枚 よ
別にそんなにおかしなランクインじゃないのよ >>314
よっちゃんファンって存在するのかしら
聞いた事ないわw 狩人、「国道ささめ雪」はオリコン最高38位なのに、ベストテン13位まで行ってんのよ、
ババアファンが一生懸命筆跡変えてハガキ書いたのね ザグッバイはオリコンは9位でしょ
なんとか10位くらいになんでねじ込まなかったの
スポットライト出たときにマッチが最初で最後のベストテンですねなんて
言ってその通りになったじゃないの >>318
ババアっていうか中高生でしょ?当時の狩人ファンって。
レコードも1人2枚は買えよ
当時ハガキって20円?
レコードは600円だったっけ? 当時のバイト最低賃金が350円位でしょ
だからなに?って話だけど >>311
番組初期の78年はハガキの比重が重かった影響で、レコード売れてもベストテンのランキングはしょぼくて意外だったケースが結構あるのよ。
後から売上枚数を調べてビックリした曲が多いわ。
たそがれマイ・ラブ
青葉城恋唄
戦士の休息
時には娼婦のように
演歌チャンチャカチャン
冬が来る前に
かもめはかもめ ハガキ組織票はフェアじゃないと改めて思うわ
だから、ハガキの比率引くして正解 ラジオのベストテンのテレビ版のつもりだったんでしょうけど
ここまで反響があって組織票が横行するとは思わなかったんでしょうね 「東京ららばい」もレコード60パーだったらザ・ベストテン入りしてたわよね
あんなに売れたのに入らないっておかしいわよ
「センチメンタル・ジャーニー」と同じオリコン順位、ほぼ同じ売上
これ何位まで行ったの?
東京ららばい オリコン9位 34.1万枚 >>326
センチメンタル・ジャーニーは 1981/12/10初登場で、6→6→7→6→8
4要素大研究のサイトによると、比率の移り変わりはこんな感じよ
https://i.imgur.com/lAV6W9a.jpeg 「東京ららばい」の事を聞いてるに決まってるじゃない
あんた国語弱かった? 16→14→15→14→16→14→15→14→16→17位 やっぱり はがきが弱かったせいじゃないかしら?
だって 中原理恵にわざわざはがきを書く人なんていないでしょ 理恵さんは3曲めで売上が急落したから
理恵さんの固定ファンは少なかったんでしょうね でも10週も11〜20位にいるなんて
っていうか14〜17位だけど、息が長かったのね
レコードが60%だったら2週ぐらい入ってたわね 4回目と5回目の比率は有線とラジオを0.1変えただけだけど
どういう効果があったのかしらね >>324
1人1枚よ
重複してないか全部調べてるって徹子が番組中に言ってたわ
不正操作もしてない!って今でも信じてそうね、徹子 そんなもん週に何十万枚?とハガキが届いてるのにいちいち調べるわけないわよね
だから五郎がオリコン最高24位のくせに4週もランクインしたのよ >>335
>上位も盤石で
そうなのよね
78年6〜7月頃って、ジュリー、百恵、秀樹、ツイストの4強が不動だったところにピンクが「モンスター」に入れ替わったりしてその下に真知子、矢沢、サーカスetcかなり犇めきあっていたわね
淳子の「リップスティック」も得点の割には8位止まりで苦戦したし、真代「飛んでイスタンブール」も11位に2週も足止め喰らってやっと8/3にランクインしたもの 天気みたいねwww
糞暑い高気圧が邪魔して寒気が入ってこれないみたいな。 >>337
徹子はそういう嘘はつけないタイプだと思うし
本気でそう思ってたと思うわ
ドス黒い芸能界を90過ぎてまで
現役で活躍し続けていくには
普通なら芸能界の汚い裏側も
かなり見てきたはずだけど
周りがそんな世界を見聞きさせないよう
ガード固く守り続けてきたのかしらね
そのせいで婚期も逃したのかしら
世界的名ピアニストとは恋仲だったみたいだけど外国人だから周りもそれを許したのかもしれないわね >>340
上位層がレコードをリリースする時期が似かよってくると、人気が高いうちは必然的に上位に固まってしまって食い込めない曲が出てくるわね
78年10月頃も似たような秋リリースの楽曲で凄かったし >>341
どこまでが真偽かは置いといて
そういうスタンスの黒柳徹子がいたから
番組の信頼性が高くなってスポンサーもついて12年も続く番組になったわけでしょ
黒柳さんがいなけりゃサザンの桑田ほかのミュージシャン系もここまで出演しなかっただろうし 番組当初から見てたけど
自分も含めて当時の若者は、それまでは流行歌はラジオでチェックしてたから
テレビに出ないヒット曲がたくさんあることは知ってた
それをテレビで見れるのがザ・ベストテンの楽しみだった
だから松山千春がテレビに出た時の驚きたるや・・・
当日新聞のテレビ欄に松山千春と出てた時のうれしさは今も覚えてる つづき
ベストテン初期のランキングがオリコンと違うのでおかしいという意見が多いけど
当時はラジオでベストテンみたいにレコード、リクエスト等で総合評価するランキングが主流だったんで
個人的にはあまり違和感はなかった
誰でもレコード買える時代じゃなかったから、そのぶんをラジオリクエストで補完して流行歌を聴いていた
もちろん組織票やら多少の偏りはあるだろうけど、総合評価のほうがその歌の人気をよく表したのは確か
例えば、ピンクレディーがレコード売れてるけどベストテンの順位が低いのがおかしいという意見があるけど
リアタイの印象で「サウスポー」あたりをピークに人気は確実に落ちてたんでベストテンの順位は納得していた
年間順位でロングヒットの演歌が強いのはちょいと解せなかったけどね >>342
本来なら番組開始が77.10だったはずだけど、そこで放送されてたらいきなり高レベルな壮烈なランキングだったでしょうね 80年代後半、久米もいなくなって黒柳のモチベーションも落ちて人気あるバンドとかアーティストがどんどん出なくなって(松田聖子や本田美奈子すら出なくなったような)
11〜20位が一番楽しかった。カウントダウンTV形式で30位か50位からやる週が楽しかった 美空ひばりの「みだれ髪」とか島倉千代子の「人生いろいろ」みたいな大ヒット曲もランクインしなかったし。たまにはああいう超大御所が見たかったけど 超大御所だとタイミングが物を言うわね。都はるみや八代亜紀はランクイン出来たわね。 若いヒット歌手ばかりの中に往年の歌手がスポットライトで出てるのを見るといたたまれない気持ちになるのよねえ >>347
ピンクジュリー百恵宏美淳子裕美キャン五郎秀樹ひろみ辺りで週替わりかしら
ジョー山中なんか大ヒットだったけどリクエストが少なそうなのとお薬か葉っぱか何かで無理だったわね >>347
ルミ子は後年「お久しぶりね」で出られたから良かったけど
裕美やさゆりはほんと不運だった
ザ・ベストテンが始まった途端ヒット曲が出なくなるなんてね
1977.11スタートだったら「九月の雨」は間違いなく入ってたし
「暖流」もオリコン最高11位だから入ってた可能性高いわね 大映ドラマって人気あったけど、主題歌でランクインしたのって
赤い絆〜レッド・センセーション〜・NEVER(不良少女とよばれて)・今夜はANGEL(ヤヌスの鏡)ぐらいかしら >>347
1977年10月はすごいよ
オリコンランキング見たら上位10曲がほとんど順位も変化なしの鉄板
百恵の秋桜が唯一ランクインしてずっと3位だった以外は顔ぶれが超固定
石川さゆり「暖流」は2〜3カ月この下の11〜13位くらいでこの牙城を崩せなかった
ベストテンやってたらリクエスト比重高かったから多少が変わるだろうけど
上位10曲の顔ぶれは鉄板ぽい 百恵はラジオのリクエスト番組では強かったし
この頃ツイストのような存在が無かったから
ワンチャン1位あったかもしれないわね
そして11月は淳子が殴り込んで来るのね >>354 太田裕美、一度も出てないの? 南風とかアイドルとして復活してヒットしたような気がしたけど
石川さゆりが全盛期迎えるのは80年代中盤〜だと思うけど(天城越え、ウィスキーがお好きでしょ)、20位ぐらいで超ロングセラーってのが多いわw 下手糞軍団の中で石川が出てたら雰囲気変わったと思うだけにそこは残念 最盛期がずれたというと竹内まりやも絶妙なタイミング。シングルアゲインぐらいからシングル志向になったけど、最終回で「不思議なピーチパイ」以来9年ぶり2作目のtop10入り 九月の雨、思秋期、秋桜、しあわせ芝居とアイドル達が新たな展開見せた時期よね
セールスも好調で
その代わり、親御三家は地味な時期だったわ
特に秀樹はセールスの底だった感じ
ベストテンの恩恵受けた一人よね 天城越えってオリコン集計期間のセールスでは、愛の呪文程度よね 天城越えは愛の呪文以下よ
全然売れないし話題にもならなかった
あたしは最初から名曲だと気付いてたけど
90年代初頭のカラオケブームで火がついた感じ みゆきってホント鬱陶しかったわ
出ないくせに第1回4位とかだったわよね
で百恵は11位と12位
10/1発売の「秋桜」がまだ売れてたのに12/21に「赤い絆」なんか出すから悪いんだけど
で2/1にはもう「乙女座宮」を出すのよね。異常だわ
1986年の中山美穂みたいね >>358
ホントね、10月の5週間は10曲中9曲はメンバーが変わってないのね
で、3週目に秋桜がランクインして以降3週間は完全に同じメンバー メンバー同じでも
ベストテン以内の順位変動あったんでしょ >>357
あれだけ人気あったスチュワーデス物語の
What a feeling〜フラッシュダンス〜が
最高位49位の6万枚って意外だわね
個人的にはプロゴルファー祈子のTHE WINDが
好きだったわ 1977年夏〜1978年春のピンク・レディーってすごかったのね
「勝手にしやがれ」オリコン1位の翌週から
「渚のシンドバッド」5週連続1位
「ウォンテッド」12週連続1位
「わかれうた」1週1位
「UFO」9週連続1位
「カナダからの手紙」1位 中島みゆきは夜ヒット出演動画は残ってるわね。Mフェアも? ベストテンみたいな時間がすべての生番組であんなマイペースな人が対応できると思わないわ ヒント:フジサンケイグループ
メドレーにも参加してたなんて今では信じられない
でも出演を後悔するようになった頃ベストテンが始まるの ベストテンと大物シンガーソングライター
長渕剛 喧嘩売り出す
松山千春 長い演説
松任谷由実 メロディわからないほど音痴に
やっぱ紅白みたいに「ベストテン用に録画しました」ってのが良かったはずなのに、それやったシンガーソングライターは聞いたことないわ >>338
消印が同じ奴はチェックが入ったって話を
聞いたことがあるわ
コンサートで来た人にリクエストはがきを書かせる
ってのはよく聞いたわね シングルレコードを買ったらTBSの住所と「ザ・ベストテン」が書かれた官製ハガキが入ってた人っている?
なんていう曲名だった? >>366
その77年10月のオリコンチャートって、どこで調べられるの?
専用サイトがあるなら見てみたい >>373
長渕とか松山って、他の出演者に影響なかったのかしら。
長渕は紅白でもやらかしてるけど。 >>378
「季節の中で」のあとに、スケジュールの都合で遅れて到着した百恵が歌う予定だったが、時間無くなり歌えずじまい
百恵はエンディングにギリギリ間に合ったというテイで集合写真に参加
1978/11/16 迷惑な話ね、松山千春
確かディレクターが百恵に、あなたはいつでも歌える、でも松山千春は今回限り、だから我慢してって話したというのを、どこかで見た気がするわ >>379
ほんとは21時半頃に到着してたのかしら?百恵
よりによってこの日に限って他の仕事をしてて遅くなったから
ヤツに5分余分に時間を与えてしまった 百恵は11週ランクインした「絶体絶命」の最終週で7位だったから
21時半頃に着いてたら4位あたりの人の前後に歌ったんじゃない?
それより遅れたから、もう1位の後しか時間が取れないってなったのに千春の説教で
歌う時間が無くなったのではないかと。
素人考えですけど。 加工しまくりだけど、当時の映像があったわ
ttps://www.youtube.com/watch?v=xT8L4fvXYgk 公共の電波でそういうことする人の気が知れないわ…。 >>380
こういうデータベース嬉しいわー
売り上げデータとかもまとめてあるともっといいのだけど前にあったのは閉鎖されちゃったのよね 欲を言えば
翌週← →先週
みたいなボタンが欲しい 人間の欲望にはキリがないのよねw
私もそういうとこあるからよくわかるわ 中島みゆきはベストテン初期はシングルに力いれてて、83年まではベストテンにも入ってたんじゃないの?
その後芳恵や静香に書いた曲がヒットしてたから落ちぶれ感はなかったとはいえ、本人の曲は大きく方向転換した時代でシングルヒットは4年ぐらいなかったと思う
でベストテンが終わるころに「あした」が大ロングセラーになって竹内まりやみたいに電話かけてきてた。時期ずれた人の一人 わかれうた ひとり上手 悪女 誘惑 横恋慕 あの娘
は入ったわよね?
ひとり も入ったかしら?
とにかく出ない奴が入るの鬱陶しかったわ
みゆきのせいで11位に泣いた曲が何曲あった事か わかれうた 4→5→6→7→7位
ひとり上手 9→9→8→7→10位
悪女 9→5→4→4→4→4→5→5→7→8→8位
誘惑 9→6→6→5→7位
横恋慕 10→9→9位 みゆきは徹子の部屋にも出てないわね
出たら必ず出演拒否の理由を聞かれるわね
徹子92 歳、みゆき73歳ね さすがに、みゆきにベストテン出演時の思い出話を
振ったりはしないかしら 当時子供すぎてテレビからしか音楽聞いてなかったから中島みゆきの曲は
ベストテンに入るからタイトルだけは知ってるけどどんな曲か知らないって状態が何年も続いてたわ
11位以下になると一部音源が流れるからそれでちょっとだけ雰囲気を知ったり 悪女、セーラー服と機関銃、ジェームスディーンのように
オリコンだと年末年始にかけてこの3曲でベスト3が固まってたわ
Johnny大健闘なんだけど最高位は結局3位
次の初登場1位曲の方がよっぽど印象に薄いの 出演拒否なのに20〜11位の発表のときにベストテンのセットの前で試しに歌ってるのが流れたらちょっと面白いわね ザ・ベストテン入りしてない曲なのに
20〜11位の時にオーケストラ前で歌ってる映像が流れた事が結構あったわよね
なんで?って当時思ってたわ >>399
たのきん全力投球!とか、似たようなセットだったのよ、TBSの6スタは。 >>380
水谷麻里は「乙女日和」も「春が来た」も「ポキチ・ぺキチ・パキチ」も
2週連続でオリコン10位以内に入っていたのね!
でもベストテンには全然ランクイン出来なくて可哀想 >>401
島田奈美の逆パターンかしら
もし「ポキチ・パキチ・パキチ」だけ1週ランクインしてベストテン歌手になってたら
それはそれで恥ずかしかったかもしれないわ >>366
ベストテンが予定通りこの時期に始まっていたら、熾烈なランキングになっていたでしょうね
7位で8000点台とかの高レベルだったかも レコ大の最高視聴率が1977年だったってのも
なんとなくわかるわ、歌謡界のこの雰囲気からして ただ、裕実は77年のこの時期
のどの調子を悪くしてたから、ベストテンにランクインしても
お休みする可能性もありそう?
これが最後のランクイン曲になるとも知らずに >>228
CBCのつボイノリオの番組やね聴いてた、オリコンのイガキさんっていう人に毎週電話でインタビュー 「九月の雨」の次の曲知ってる?
次から全くヒット曲が出なくなったのよね
っていうかこれの前の「恋愛遊戯」も売れなかったけど。
ホントこんな不運な人いないわ
オリコンもたいやきと♪これっきり♪のせいで1位1回もとれなかったしさ CDが出始めた子供の頃に、木綿のハンカチーフを知って素敵な曲と思って馴染みのレコード屋さんにCD版を発注したの。
店員さんが「あら、九月の雨も入ってるじゃない、良かったわねぇ」って言われたんだけど、九月の雨を知らなくてイマイチな反応をしてしまったわ。
でも実際聴いてみても、私にはあまり響かなかったわ…。 9月の雨は
結構代表曲のひとつよね
セプテンバーレイン レイン・・・ 私、今でこそ九月の雨って大好きだけど
当時は私にもそこまで響いてなかったわ
で、その次の「恋人たちの100の偽り」はなんていい曲かしら〜って思ってたの
変態だったの、私 私のクラス内限定だけど「恋人達の100の偽り」評判良かったわよ
でもあの頃は宏美は「二十才前」淳子は「追いかけてヨコハマ」でコケて百恵も「乙女座宮」がややコケでそれまで売れてた人が調子悪かったのでピンクキャン解散旋風の煽りかなと余り気にしなかったけど
本当にあらっ?と思ったのは夏からの
「シンデレラハネムーン」「ドール」「20才になれば」がコケた辺りだわ 恋人たちの〜は知らないけどその次の「ドール」ってのはけっこう流行ったのかと思ってた。今でも時々耳にするような。ほんとに微妙なタイミングでザベストテンを逃した人ね
名曲だらけで11〜20位に何度も入ったんだろうし特別賞を贈るべき。この人がいたらもっと見ごたえあっただろうと思う >>372 そのフジサンケイグループで直後にやけくそみたいなANN始めて伝説になるのね 恋人〜の次の「失恋魔術師」が恋人〜よりも更に売れなかった時点でねぇ
22位 7.4万枚
これって売れ線じゃない?
裕美も宏美もアグネスも飽きられやすい歌声よね 裕美さんだと「シングルガール」が好きなんですが
全然売れてないのね。 裕美は本来なら78年からのニューミュージックブームに乗れててもおかしく無いはずなのに下降してしまったわよね
真知子理恵真代辺りにはじかれちゃったのかしら 百恵さんも含めて78年以降はアイドル全員落ち目になった気がする。可愛かったから太田さんもついでに落ちたんでしょう 「失恋魔術師」は78年4月頃に30位以内には入ってた覚えが(30位からか50位からかは忘れたけど、20位-11位より範囲を広げて発表した回があったの)。
それにしても80年の「南風」なんて歌謡選抜などのラジオリクエスト番組でランクインしてたから、結構、売れ筋だと当時思ってたけど、せめてスポットライトぐらい出してあげたらよかったのに。
スポンサーもキリンだったしね。 木綿のハン たいやきのせいでオリコン2位4週 86.7万枚
赤いハイヒ 横須賀スのせいでオリコン2位3週 48.7万枚
ザ・ベストテンが始まった途端ヒット曲が出なくなる
不運過ぎよ裕美 ねぇ、ニューミュージックブームって78〜80あたり? >>420
ニューミュージックを新しいポップスと旧来の歌謡曲の融合とすれば
全盛期はまさにそこでしょ
演歌ロックの世良ツイスト
筒美京平の作った庄野中原桑名
子ども向けにしたゴダイゴ
コミックバンド調の初期サザン
才能が出まくって
80年代前半は空前の一発屋ブームだけど
ここも今なら昭和歌謡にひっくるめられる歌ばかり
そこの勝ち組が今度はアイドルや歌謡曲歌手に楽曲提供して一儲け
フォーク世代と違いNM組は金のにおいに敏感 >>420
78〜79年で80年から聖子たのきんを始めとするアイドルブームに入ったと思うわ
ただ80年代からニューミュージックの影響と作品の提供でアイドルの曲がどんどん垢抜けて行った印象だわ >>421
ゴダイゴは正にピンクレディに飽きた子供達に受けたわね
だから落ちるのもあっという間だったわ >>421
>>422
ありがとう。
意外に短かったのね。
でも、フォークと違って消えたわけじゃなくて定着したって感じだけど。 >>353
久米「第〇位 人間の証明 ジョー山中!」
久米「ジョー山中さんは巣鴨の東京拘置所です。松宮君」
松宮「東京拘置所の入り口前です。雨がしとしと降り続けて肌寒いです。」 1978〜79年にかけてニューミュージックの新星が次々と現れて
一気に新時代の旗手になるかと思いきや
1980年に大きな波が来てその多くが沈んでいった
アリス、ツイストは解散、八神、庄野、真知子もスターダムから消えた
唯一メディアから姿を消してその間に力をつけたサザンが勝ち残るとは さらばシベリア鉄道 南風 恋のハーフムーン 君と歩いた青春
このへんの完成度はほんとに高いのにね太田裕美
九月の雨の後の1年ですっかり落ち目になっちゃった感じで浮上できなかったわ
桜田淳子も売れなくなってからのミスティー 化粧 窓とかよかったのにね >>426
ベストテンが毎週高視聴率で新しい音楽を全国の老若男女に届けて浸透させた事は
70年代から80年代の変革に与えた影響は凄かったのかと今更ながら思うわ リップスティックの次を化粧にしてからサンタモニカ ディスイズブギ辺りを持ってきたら
すこしは延命できたかしら 歌手として最後らへんミスティとか窓とか迷走しまくってたわ 最初から出てない人はいいけど
シミケン、狩人、原田、淳子、ピンク、五郎なんかは落ち目感満載だったわね
宏美もザ・ベストテンが始まった途端に売れなくなった歌手だけど
79年におぼろやマン毛が入って良かったわね 最初から出てない人はいいけど
シミケン、狩人、原田、淳子、ピンク、五郎なんかは落ち目感満載だったわね
宏美もザ・ベストテンが始まった途端に売れなくなった歌手だけど
79年におぼろやマン毛が入って良かったわね 11位〜20位って数秒とは言え1曲ずつ映像を流すから
常連だったのにランクインできなくなった歌手には
公開処刑みたいな雰囲気を感じたわ
宏美は番組スタート時にランクインしてなかったから
むしろイメージ的には得だったかも? >>416
裕美はちょうどそのころ喉の調子が良くなかったのもあるかも… レコード・コレクターズっていう雑誌で70年代昭和歌謡名曲ランキング1-200位ってのやってたわ 各年度の最多1位
1978 世良公則&ツイスト
1979 西城秀樹
1980 クリスタルキング
1981 寺尾聰 近藤真彦
1982 近藤真彦
1983 中森明菜
1984 チェッカーズ
1985 チェッカーズ
1986 中森明菜
1987 中森明菜
1988 光ゲンジ
1989 工藤静香 >>434
そういう企画の雑誌好きだわ
9月号が60年代、10月号が70年代みたいだから11月号が80年代ね
買ってみようかしら >>435
こう見ると松田聖子と田原俊彦は入ってないのね
トシはまだしも聖子が入ってないのが意外だわ
トシとマッチは同格のライバルだと思ってたけどマッチのほうが人気は上だったのかしら 実際、私はトシの歌あんまり知らない。
マッチはほぼわかる。 聖子の時代はまだ色んなジャンルが切磋琢磨してて、歌謡界も盛況だったけど、明菜は背景がアイドルオンリー時代って違いじゃないかしら。 特に86年以降はアイドル色強いわよね
番組のカラーや雰囲気も変わってたし ザ・ベストテンだけ見てたら
聖子より明菜のほうが1位取る回数が多くベストテンの女王って感じだったわね
トシマッチもマッチの方が優遇されてた感はある
売上的には大差ないはず ニューミュージックブームってレンタルレコード店の興隆とともに沈静化した印象だわ
私、1980年ぐらいから月刊の中○コースに載ってるTOP100をもとに
自分で方眼紙にウィークリーの「ニューミューニックベスト20」ってのを作ってたの
で、中○コースに載ってない週は自分で考えてランク作って
でも1981年の途中で、TOP100の中にニューミュージックの曲が20曲
集まらなくなって、私の「ニューミュージックベスト20」は終焉を迎えたわ 80年頃から見たけど岩崎宏美、何曲かランクインしたでしょ。出演拒否もないでしょ。すみれ色の涙、聖母たちのララバイ、家路は全部ヒットしたはず 聖母たちのララバイは82年に1位にも
なってたな。年間2位にもなったし。
次の83年にも家路でベストテン入り、
85年はベストテン入りこそ逃したものの
決心がスマッシュヒットで同じ時期に
妹の岩崎良美もタッチがスマッシュヒット
で姉妹揃ってスポットライトに出てたな。 決心もタッチもどっちもベストテン入ってもよさそうなのに入らなかったのよね だからなんか微妙にしか ヒットしてない イメージしかなかった 上手くて人気もある姉妹のタッチも決心もベストテン入りしなかった85年。この番組の凋落が始まったのを感じる よく語られることだけど、久米司会までが本体で、久米司会までにランクインした人が本物のベストテン歌手って意見ね。 本物でしょ桃子は。音痴だっただけで声もよく音楽性に優れてた あたしが好きな男性歌手が(ベストテンにも結構ランクイン)ジュリーのストリッパー
カバーしたんだけどあれってゲイの歌だったのね 当時は全然普通に見てた
しあわせ芝居やカムフラージュはすぐ気付いたんだけど >>450
AI による概要
沢田研二の楽曲「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」の歌詞中に「ゲイ」という言葉は直接は含まれていません。
歌詞には「男の涙」や「女のくちびる」といった言葉は登場するものの、同性愛を指すような表現はありません。 中山美穂、本田美奈子あたりからは久米さんと接点なしかしら 美穂はデビュー前。
美奈子は翌年のマリリンで初ランクイン。 ベストテンに限らず夜ヒットやトップテンも何となく勢いが失われて行った記憶
85〜86年に久米宏、井上順、堺正章が降板してるけど歌謡界の変化とリンクしてる気もするわ 85、86年あたりになるとビデオデッキの普及率UPで録画率が増えたのと爆発的なファミコン人気の影響もあると思うわ あばれはっちゃくも85年で終了 そしてバブル期が来るのよ いやつまんなかった。85年以降。聖子vs明菜の共演も減ったし。くだらない歌手がたくさん出てたと思う。男の歌手が存在感なし。チェッカーズは沢田研二の代わりになれない
ただ本田美奈子、中山美穂は華があったし十分スターだった。美奈子はファンの求める曲をわざと外したし、美穂は歌唱力が・・という難点があったものの 芳本美代子、立花理佐? あの程度で出演されてもね。男闘呼組とかも。荻野目洋子はすごく良かったけど
紅白も急落してたんだから、まぁ仕方ないわ 世代の差もあるんじゃない?還暦以上だと
やっぱり84年までに思い入れがあると思うわ
あたしみたいな団塊ジュニア世代だとやっぱり、ナンノ唯美穂静香や光GENJI、男闘呼組、チューブ、C-C-B、Winkとか好きだったもの
まああたしはベストテン は82年くらいからの記憶しかないけど あと83年あたりから出てた歌手だとチェッカーズが好きだったわあと84年の吉川、桃子
85年あたりになるとトシや聖子、キョン明菜あたりと同じ世代の視聴者は20歳を越えて結婚したり夜遊びしたり大学のサークル活動とかで見なくなったんだと思うわ つまんないと言えど団塊ジュニアが中学生だった85年から88年あたりがベストテン 視聴率のピークだったでしょ 還暦以上じゃないですwそんな遠くもないけど。でもやっぱりおニャン子登場とかバブル期に向かっての音楽はつまんなかった。ただボウイ、尾崎、レベッカ、角松敏生といったベストテンや紅白に縁遠い人達は好きだったな
あとしつこいけど荻野目。工藤静香も最初の頃好きだった。藤井一子も好きだったけどベストテンや紅白には別の意味で縁遠く・・・ 賞レースが形骸化が露呈してきたのも80年代中盤だしね。
まぁ、仕方ないことだったのよ。 >>460
>世代の差もあるんじゃない?
それは絶対あると思うわ 私物心ついて最初に音楽番組見始めた時の4強がトシちゃんマッチ聖子明菜だったの
この4人の時代がずっと続くと思ってたあの頃
あっという間に崩れ去って時代ってこんなに早く移り変わるんだって思い知った子供の頃 田原俊彦は80年代後半が真の全盛期でしょ
とんねるずは好きな方だけど、たしかに司会の男を食って雰囲気変えてしまったとこはあったかもね。ただそんなに長くランクインしてた記憶もないけど つまり、とんねるずやおニャン子みたいな軽いのでも曲が売れる世の中になったからね。
TBSとフジの立場逆転にも繋がるわ。 86年なんかクソおニャン子が3曲も4曲も入ってる週なかった?
2月から8月頃がひどかった印象
5月?まではちゃんと出て来て歌いやがったから小学校のおたのしみ会よりひどかったわ 私は福岡だったから、85年は夕ニャンがまだ放送されてなくておニャン子をちゃんと認識できてなかったのよ。
なんかお笑いみたいなブス集団がワラワラと出てきて頭悪そうな曲を歌ってるのを見て、ビビッた。
学校でもあれが噂のおニャン子?ってざわついたわw そのクオリティが落ちた80年代後半しか知らない
団塊ジュニア世代(マツコが代表)がこのスレ含めネットでは声がでかいんだよね
だからベストテンというと粗製乱造アイドルネタが多い
前半の空気感を彼らにも味わってほしかった 女性アイドルも安っぽいのがランクインするようになってつまんなかったわね、島田奈美とか。 後半はレコード売上比率が高くなったからオリコン初登場10位くらいでもハガキがそこそこ集まればベストテン入り出来たのよね
だから島田奈美みたいなのがちゃっかり入るのよ >>474
マツコは親が40歳くらいの時の子だから小さい頃は相撲とチャンバラしか見せてもらえなかったそうよ 久米までが正義!久米までが全て!みたいな言い方する年代のほうがよっぽど頑固で卑屈なものの見方しかできないんだと思うわよ YouTubeやSNS全般も高齢化してて
50後半から70くらいのモウロク達が幅を利かせて下の世代の文句ばっかり言ってるのよ
このスレだって70年代の山口百恵やら野口五郎やらの話が続いたって知らない世代は黙ってスルーしてるじゃない。へりくつや不満ばかり
言ってるのは間違いなく還暦から古希の人たちだわ、他のスレでも妨害するのはこの年代ね 団塊Jr.だと80年代前半は小学校低学年で9時以降の歌番組を観るには幼過ぎるからだいたい見始めは83年以降だったと思うわ。Jr.に該当するアイドル好きの藤井隆、いとうあさこ、友近、ミッツなんかも
83年以降のアイドルや曲を語ること多いし
それ以前を知ってるのはよほど早熟か後追い知識ね。
50代でぎり70年代を語れるのはゲイのアイドル評論家のチェリーさんまりもちゃん、坂本ちゃん世代かしらね?
やたらチャートやら細かいことにこだわったり難癖つけるのはクリス世代(64歳)の釜よね >>477
ベストテンが始まる前の時代を知ってる人って
そこまで初期〜中期のベストテンやその時代を神聖視してないと思うわよ?
もっと相対的に捉えてる人多いと思うわ
たとえば沙織ファンなんて特にベストテンに思い入れないでしょ
キャンディーズファンとかも
私、50代後半だけどベスト30歌謡曲もあれはあれで好きだったし >>406
土曜天国学校から帰って必死で電話したわ
裏の東海ラジオはすぐ繋がるのにつボイ兵藤ゆき水谷ミミ人気で全然繋がらなかったわ
ベストテン初期世代はラジオの色々なベストテンやオリコンやミュージックリサーチやミュージックラボやらの情報の中のテレビでやってるベストテンのひとつという捉え方だったと思うわ >>480
>>481
初期知ってる世代はラジオで育ってるから
ラジオで聴くベストテン番組がテレビで見られたという喜びがあったけど
メインはやはりラジオという人が多いと思う
他の番組でも見られる歌謡曲歌手よりアリスやサザンとかNM勢に注目して観てた ゴールデン歌謡速報の小林アナのテンポのよさを久米が取り入れた感じよね >>482
ベストテン開始以降にデビューしたニューミュージック系歌手とアリスは上手くベストテンブームに乗って大ヒットを連発したわね
ただアリスサザンを除いてテレビに消費されてしまった感じもするわ 渚のハイカラ人魚って
初登場から3週間も
出演しなかったの?? レコードと有線とハガキはそれぞれ特徴が分かれてるけど
ラジオリクエストはレコードとあんまり変わらなくて(アイドルが強いぐらい?)
存在意義がよくわからなかったわ ベストテン にうまく乗っかったと言えばツイストもじゃない? あー、ツイストこそ団塊ジュニア世代は馴染みがないのよねぇ。
CMのナツコってツイスト?
それは覚えてるわ。
クラスにナツコって万個がいて先生が燃えろいい女やな、って言ってた。 >>487
乗っかったぶん消費された典型みたいなもん
世良はその後俳優としてそこそこ活躍して
かたせ梨乃とのアレで役得もあったから良かったわ >>486
ラジオリクエストは
レコード買えなかった組が歌を聴く手段だから前半期は重要だったよ
レコード売上とはあまり一致しない
アイドル組がリクエストが有利だったぶん演歌組が有線強くバランス取ってた
80年代に入ってテレビ主流になってからは重要性が多少変わったけど >>486
ラジオリクエストは
レコード買えなかった組が歌を聴く手段だから前半期は重要だったよ
レコード売上とはあまり一致しない
アイドル組がリクエストが有利だったぶん演歌組が有線強くバランス取ってた
80年代に入ってテレビ主流になってからは重要性が多少変わったけど 男性歌手も女性歌手も
同性のファンをつかむと長持ちする
異性にキャーキャー言われてるだけじゃ短命に終わる
菊池桃子と中山美穂が典型的
聖子はスイートピー、明菜は禁区あたりから同性ファンが増えて安定路線
キョンキョンは・・・木枯しと思われるが、その後は低落傾向になった 同性ファンをつかめなかった典型が桃子で
つかめた典型が美穂って意味じゃないの? >>492の書き方が悪いのよ
前者が美穂で後者が桃子 って書きなさい 同性票もつかめたって感じがしっくりくるのは
聖子かしら?
可愛いアイドルの場合は男性がファンにつくだろうって想定
されて思った以上に女性ファンもついてきたのがすごいわね。
明菜や静香はキャラ的に想定の範囲内だと思うし
美穂だと女性票高さがすごくて逆に異質にも感じるわ
美奈子や唯は曲によって有線の順位が動いたけど
有線=女性票といえるかはわからないわね 86年以降ジリジリ視聴率落ちていったんでしょ? 視聴者の世代とか好みの問題だったら視聴率自体は落ちないはず
番組がやっぱりつまんなくなったのよ 桃子は女性ファン多かったでしょ。じゃなきゃ人気は続かないわ。女優としてもね。とくにNile in blueから女性ファンが増えたと思うわw どっかで中山美穂は同性ファンが多かったと書いたら反論された
最初は女性ファンが多く、その後男性ファンが増えたとどっかに書いてたとかで(笑)
リアタイ知ってるけど、人気出たころから女性ファンが中心だったのは間違いない
wikiとか特定の記事をうのみにする人多くてすごく草生えた >>497
・久米宏降板後のMCへの不満
・おニャン子に代表される登場歌手のレベルダウン
・テレビにあまり出ないバンド系に若者の人気がシフト
・フジテレビの攻勢でTBSが退潮
・アイドル歌手も自前バンド持つ時代になり簡単に出演できず
・結果的に番組出演者が減りさらに人気低下 バブルでコンサートとかイベントのほうが儲かるから
単発1曲だけでのテレビ出演はしなくなったこともあるね >>498
女性に人気が出たのは女優に特化してからでしょ?
渋谷で5時とか歌ってOLに共感されたりして
アイドル歌手としては数年で行き詰まって
まさに中山美穂や南野陽子に押されて
ラ・ムーとか路線変更したわけでしょ? 番組12年のうちにアイドルのファン層がどんどん変質していった
初期はほとんど異性のファンでまさに恋愛の対象
80年代前半は親衛隊に代表される怖いくらい熱狂的な異性ファンばかり
それがNMやカラオケの浸透もあって
同性の歌手に興味を持ってレコード、CDを買うようになっていった
80年代後半はその過渡期
異性人気100%のおニャン子ブームが去ると
アイドル四天王あたりから同性人気が主流に
この組は化粧品のCMモデルもやって女性ウケも求められるようになった
男性アイドルは女性ファンばかりだったけど
番組終了後の90年代はまさにカラオケで歌うためのCD購入が中心で
アイドルも同性人気(安室、浜崎など)に支えられる形が主流になった 美穂や南野に押されて87年に桃子があんなに大きく変わったの? 別にそれなら女優中心に移行でいいじゃない。伝説のラムーになったのよ!w
美奈子だってそこらの下手糞(キャラや曲は嫌いじゃないわ)に押されてワイルドキャッツになったんじゃないし。ああいう激変は別の理由よ。おニャン子とか岡田有希子の自殺とかバンドブームとか… 聖子や明菜は同性ファンも多いイメージあるけど、男性歌手で同性ファンが多かった人って誰かいた?思いつくのはマッチくらいだけど マッチ好きの同性なんてホモ以外そうそう居ないでしょ
そもそもマッチみたいな性格のひと好きになる?w にわかね。マッチの男だけの親衛隊「近藤隊」がハイティーンブキの時スタジオで円陣になって歌ったことあるじゃない。
このブログにその親衛隊メンバーの知り合いが書いてるわ
https://ameblo.jp/love-7en0/entry-12043742111.html あれ、仕込みじゃないの?
ジャニの同性オタって想像つかないわ。 田原が抱きしめてtonightとかヒットさせた復活期は男性ファン多かったし、「雨が叫んでる」とか人気あったと思う。もとのボーカルがあれだから歌いやすかったんだろうね。でも自分に自信がないと歌えないか…歌ったことなかったわ ケジメなさいのとき小5だけど普通にマッチ好きの男子クラスにたくさんいたわよ
あとpotatoって雑種ジャニーズJr.の紹介で尊敬する人の質問でほとんどマッチか少年隊だったわ、中村成とか諸星もマッチファン >>485
トータル3週欠席ね。
最初の2週欠席で3週目にスタジオ出演。
後の2回は中継、1回は団地のステージから、
1回はレコーディングスタジオから。 >>504
それまでのオリコン連続1位の記録がアイドルを探せを最後に途切れて売上も下がってきてた頃にナンノや美穂らが1位を取り始めて87年がまさに押されてた時期ね
ラ・ムーを結成したのはデビュー以来桃子の音楽面の一切を仕切っていたプロデューサーの意向だから当然女優一本にシフトなんかしないわよね 人気が低迷し始めた桃子の打開策がラ・ムーなのよ
でもそれもあまり成功はせずに、結果的に女優中心にシフトしていくことになって、しばらく主演ではなく2番手3番手くらいをやったりしてたけど、その後90年代中頃にはまたドラマの主演をやるくらいのランクに返り咲くことになるのだけど マッチの曲自体が男にも受けてたから人気あったわね
81年82年当時カラオケボックスがあったらマッチと聖子が中高生に歌われるツートップだったと思うわ
その後はチェッカーズと明菜に取って代わられると思うけど 桃子のアルバムも評価高いけど、ラムーはもっと高いじゃない。国際的に。あれをただの打開策とは思わない ラ・ムーは決してやっつけ仕事ではなかったのよねえ
特にサウンド面では マッチの歌歌いやすいしやんちゃな男の子を演出できるのよね ラムーって当時も今もバカにする人がいるけど
何がおかしいのか、昔も今もよくわかんないわ 80年代終盤の猫も杓子もロックに走ってた時代に
まさに猫や杓子みたいになり下がってたからでしょ
音楽性とか誰もわかりゃしなかったでしょ、アイドルおたくは 「愛は心の仕事です」ってタイトルや歌詞には売野の暴走を感じるけどメロディは大好きよ。
でも桃子のタイツには笑ったわよ。 >>525
・バンドのビジュアルが違和感ありあり
・ロックバンド自称してるけどサウンドはAOR
・なりふり構わない落ち目アイドル感が出てしまった
今頃になって海外で再評価されてるように実際は音作りはプロフェッショナルだしサウンド自体は悪くない
桃子のウィスパーボイスもハマってる
なのに上記のような売り出し方をしたがために馬鹿にされてしまったのよ 衣装とか移行の仕方、見せ方がちょっとね…。
サウンド的に売れ線でもないし、先取りしすぎてちょっとマニアックだったわ。 ロックって言うからずっこけたの
当時でいえばショーヤみたいな感じなのかと思えば
あんな感じだったし >>530
SHOWYAとかバンドずっとやってきた組と一緒にしちゃいかんだろ
バンドのボーカルがアイドルとか
ちょうど10年後にELTが成功したから
まさに10年早かったかな ザベストテンにはランクインしたことないのかと思ってたけどウィキ見たら2曲入ってるのね。計3週。トップテン動画は残ってるんだからベストテンだって出なかったわけではないでしょ
徹子ならアホ古館とちがってまともにバンド結成の話をしたと思うわ 数年後にブレイクしたLINDBERGの渡瀬マキも元アイドルよ >バンドのビジュアルが違和感ありあり
そういうのって
「アイツ、あのヴィジュアルでよくヴォーカルなんてやれるよなー(笑)」
みたいなもんでしょ。言わせたい人には言わせとけばいいわ リンドバーグやELTは見せかけバンドっていうか、曲が狙ったような売れ線だもの。
ただ、桃子が狙うべきところはあれだったのかもねを >>521
打開策(だかいさく)とは、行き詰まった状況や困難な問題から抜け出すための糸口となる、具体的な対応策や行動のことです。
既存の方法では解決できない複雑な問題に対して、新たな方向性を示す意味合いも強く、状況を打破し、事態をより良い方向へ導くための手段を指します。
まさにラ・ムーを打開策と言わずして他になんて言うのよ >>531
>>533
B.B.クィーンズの宇徳敬子、ZARDの坂井泉水、Favorite Blueの松崎麻矢は元モデルだよね >>510
半世紀近くそんなの信じてるの?W
あれは明菜ヲタを恐れてメリーが雇ったマジモンの親衛隊よ
ファンじゃないわw >>539
>>510のブログに当時マッチの親衛隊だったっておっさんが登場してるのにそれでも否定するとかあんたこそ卑屈な老害だと思うわw
清瀬の肉屋の生きた屍ばあさんのヲタってほんと
害悪でしかないわね 男の親衛隊が出たときはハイティーンブキの時だしまだ明菜がデビューしたばかりで2人が噂になる前よね 息を吐くように嘘をつく老害っているんだね 540を読むと高確率で聖子ヲタってことがわかるわね 普通にジャニヲタ釜でしょ
聖子ヲタじゃなくても明菜ヲタの近藤叩きは異常性を感じるもの 破局からもう35年も経ってるのにネチネチ SNSやYouTubeのコメにも還暦過ぎたジジババどもが書いてると思うとゾッとしちゃうわ 歳を取って卑屈になってる高齢者に加えて統合失調症の人も多いと思う明菜さんのファンて 明菜本人もヲタも、何十年経ってもあの金屏風の時のまま前進してないのよね… 中森明菜といえばSolitude以降数年は抑揚ないシングルもけっこうあって、ファンが熱心に応援するから何週も聞かされたわw むしろ90年代のシングルをベストテンで毎週披露してほしかったわ まぁ勃興してきた光ゲンジや工藤静香じゃ、曲はよくても山口百恵や沢田研二みたいな黒柳に対抗できるユーモアや知性もないしね。それが毎週出てくるんじゃみんな見なくなっていって当然ね >>539
明菜ヲタなんて恐れるほどじゃないでしょ
帰れコールにも対抗できないヘタレどもよ 歌もダンスも演技もゴミレベルの近藤クソ彦は
大嫌いだけどメンヘラと付き合ったせいで何十年も
粘着されるのは気の毒です おさえていたコンサート会場を
使わせないとか
妨害してた方がよっぽど陰湿よ。
自滅したおかげで明菜の活動は活発ね >>552
週刊誌かネットのネタ?
押さえてたところ横取りなんかできると思うの? >>553
真ん中の写真、明菜ヲタの下のコメント「横顔が昔のまんまだねー」って嫌味なのw
それとも統合失調症だからそう見えるのかしら。。怖いわねパワー系って。。 老害とか害悪とかイイ歳こいた爺がひとりでなにイキがってるのよw
高校行くと男バレの川合俊一とかに追いかけられて必死こいて逃げまわってるような男に本当の男ファンなんて付かないわ
その親衛隊のオッサン自体が作り物なのよ >>553
それもう古いわよ
明治とかZOZOとか、どんどん見た目も復活してきてるわ >>554
それは元マネージャーが暴露したの。
「明菜に使わせるならうちのタレントは使わせない」とか
89年の騒動から何年も経ってるのにメリーが妨害してきたと。
で、2000年代のコンサートでも明菜自身が
「前からおさえてても、直前に力のある人に取られたりするの。
明菜ちゃんは何度もやられましたー」とか、言ってたのよ。
相手が誰とかは本人はさすがに言ってなかったけど。 >>558
そのマネージャーのソース出してよ
ディナーショーを何度もドタキャンしてる明菜なんだからまた都合悪いことは全て、ジャニーズ、近藤のせいにしときましょってことでしょ
ほんと統合失調症だわ本人も明菜ヲタも >>558
自分のこと明菜ちゃんっていうの?
おさえてたのに取られたってそれおさえてるっていうの? >>558
や〜ん蛇似って心底腐ってるわね
それを聖子ヲタのせいにしてるっって思ってたけど
マッチポンプで蛇似ヲタが聖子ヲタのせいにして回ってるのかもって思ったわ
カマの世界じゃ80年代の聖子も明菜も両方好きだし歌うってのがほとんどなのに
違和感あったのよ
まぁ明菜は若い頃オカマ指差してオカマ呼ばわりしてバカにしてたってのはあるけどねw
あたいもあれみてショックだったしムカついたもの >>560
ディナーショー2回もドタキャンだもんね
しかも何万もするチケット代は返金されなかったのよ 明菜ヲタってバカなのよね
ジャニがつぶれたって喜んでるけど近藤クソ彦自体は
不倫でさっさとやめて逃げ出して知らんぷりしてたから無傷だし 近藤も明菜もベストテンでは正直もう邪魔だったわ, 80年代後半。マンネリで。まあ世代的に古いファンが賢明に応援してたんだろうけど。夜ヒットは毎週出演じゃなかったから見たけど
チューブとかテレサテンとか好きだった。尾崎豊やボウイは無理にしても渡辺美里、レベッカ、中村あゆみあたりもうちょっと出てほしかったわ 渡辺美里、ムーンライトダンスってランクインしたんだっけ?
スポットライトでパイナップルロマンス歌ってたけど、
妙にハイテンションで違和感を覚えたわ >>566
トシはうまくアダルト 路線へ変更したわよね
どうする?とか堕ちないでマドンナ、ベルエポックによろしく好きだったわ
雨が叫んでるは番組終了後だけどベストテン で聞きたかった >>567
スポットライトでムーンライトダンスを歌ったので
パイナップルロマンスは歌ってないよ そもそもシングルレコードでなくて
アルバムの曲なんかベストテンで誰か歌った人いるんですか >>567
ムーンライトダンスはランクインしてるけど、なぜかその前の週にだけスポットライトで歌ってるわ
パイナップルロマンスはシングルじゃないしベストテンで歌ってないわよ >>568
>>569
そのあたりの曲って売上も地味だし当時はあんまり聴いてなかったんだけど
今になってどれもすごく好きなのよ
どうする?と夏いまさら一目惚れは特によ 1980年代後半はアイドル全盛のせいもあるけど
歌手人気とプロモート優先で曲の良しあしと売上は比例しない度が高かった
歌手人気も勢いの要素が高く、下り坂になったらまず売れない
だからファンから見たら上のレスのようなことが多いと思う
70年代は人気歌手でも曲の良しあしでけっこう売上の差があったし
80年前後は世代交代もあって新しい歌手や楽曲がどんどん出てきた
ベストテンのなくなった90年前後にもそういう流れがあったけど、
また歌手人気ありきの時代になっていく 個人的にはもう社会人になってたから、夜の街で流行ってた歌とベストテンに出てた歌が全く違う印象
テレサテンとかアンルイスとかハウンドドッグとか
ベストテンには入るかどうかくらいで終わったが、いまだに歌い継がれてる曲ばかり 読んでくれる人が生きてるうちに書き込まないとね
100歳ぐらいになってこんなこと書いても
読んでくれる人もそんなに生き残ってないだろうし おニャン子軍団はあるときから出なくなったと思うけど、それならファンもハガキリクエストまったく書かなきゃハウンドドッグ、アン・ルイス、レベッカから美空ひばりや島倉千代子までランクインしただろうに
五木はやっぱ出てたんだっけw 80年代で今に残ってる曲なんて「おまえとふたり」ぐらいだと思うが 野口五郎のコーラスラインがランクイン出来たのはハガキのおかげと言われるけど、実際にランクインしたときにはどのくらいハガキが来たのかしら >>578
ハウンドドッグのffはランクインしたけど出演拒否だった
レベッカはフレンズ以降何曲かランクインして結構出てる
美空ひばりの川の流れのようには亡くなってから1週だけランクインしてる
島倉千代子の人生いろいろは超ロングセラーだけどオリコンでも10位以内には入ってないから無理だったと思う
アン・ルイスの六本木心中もオリコンで10位以内に入ってない スポットライトで歌ってる アン・ルイスは、ラ・セゾンでランクインしてるわよ? 五木ひろしって森進一よりヒット曲は多いんだけど
耳に残ってるのは森進一の方が多いわ 紐育物語があるわ
マンハッタンイン・ザ・レイン さんじゅーねん生きちまったね 新宿みなと町、がレコード不振なのに、ハガキリクエストで1位や有線での上位効果から、長く長く20位以内に入っていてウザかったわ 基本、演歌演歌した曲はトイレタイムだったけど、よせばいいのに、みちのく1人旅、冬のリヴィエラ、ホテル、氷雨、追憶、雪國だけは観てたわ氷雨は断然佳山明派よ!
フンドシのみちのくがYouTubeですぐ消されるのは、コンプラの影響なのかしら
譲二を囲むうしろ姿のバックの4人衆もいいのよね〜 やだニコゾンにアップされてるわ
てか4人どころか6、7人いるじゃないw 夜ヒットだけれど百恵「愛の嵐」でも何でか褌男性数人ってのがあったわよ。
そこに歌舞伎の人も一人混ざってたと記憶。 >>586
ホテル はベストテンに入ってないと思うわ ♪奥で子供の 声がした >>589
教えてくれてありがとう
うちの母親がこの曲すごい好きで(島津ゆたかヴァージョン)毎日のように
部屋で聴いてたからベストテンにも出たと勘違いしてたわー
ちなみ ホテルってすごく流行っていたわよね
ごめんなさいねーワタシ見ちゃったのー 河合奈保子のレコード大賞&ザ・ベストテン映像を収めたブルーレイBOXが12・24発売(スポーツ報知)
https://news.yahoo.co.jp/articles/c11e2fd205a862cb77747b465aed21959b6826cf
1980年代にトップアイドルとして活躍した元歌手・河合奈保子の歌唱映像を収めたブルーレイBOX「NAOKO ANTHOLOGY SONGS」が、12月24日に発売される。
80年から87年にかけてTBS系で放送された「日本レコード大賞」と「ザ・ベストテン」の映像を中心に収録。幅広い楽曲を編成した4枚組となっている。
80年の日本レコード大賞新人賞に輝いた「ヤング・ボーイ」から、自身が作曲し87年の日本作曲大賞を受賞した「十六夜物語」まで、すべて初商品化となる全271分の映像を収録している。 あまり語られることないけど
河合奈保子の歌唱力ってもっと評価されてもいいと思うの
元々高い歌唱力は持っていたけど
特に86年以降の自作曲歌うようになった頃くらいから一皮剥けた感じね
今頃になってカラオケで歌うのにハマってるわ 声が固くてあまり魅力的ではないわ
歌はまあ上手いけど
それに80年組って皆上手いからそれが当たり前になってたわね
素人アイドルだらけになった80年代後半なら目立っただろうけど 薬師丸さんは女の自然な計算高さみたいなのを醸し出せるけど、河合さんにはそれがないのよね 奈保子さん好きだけど、曲によっては鼻声なのよね(インビとか)小刻みなビブラート歌唱で
バラードなんかはもう少しロングブレスならまた違う雰囲気出たと思うの 奈保子のベストテン映像を含むBOXはDVDで1回出てるのに内容変えてブルーレイでも出すのね
でもレコ大とかの映像だから買ってしまいそうだわ
百恵もレコ大他の映像が色々ありそうだからベストテン映像に合わせてブルーレイ出すかも ベストテンのセットはありがたいけど、逆にいえば過剰演出気味でもあるし、黒柳と久米のトークを挟めないなら、歌唱映像としてアーカイブに最も適しているのは全員集合なのよね
ライブ感もあるし 「自分だけセットがないって言う人もいるだろうけどオーケストラの前で歌えることが歌手として1番の贅沢」byとしひこ 全員集合のゲイスターズは演奏にパンチがあるんだけど、ストリングスがいないのよね ベストテンは自己主張しすぎなセットってあるわよね
ただの背景でいいのに 有希子のくちびる〜で良かったのオーケストラ前で歌った1週目だけだわ
4週目はまあまあのセットだったけど有希子の顔と髪型が変なのよね
2、3、5週目なんて嫌がらせレベルだった。特に生涯最後の出演回の5週目 ベストテン→大掛かり、オケ前ですら光栄
トップテン→大雑把、カックラキン感
夜ヒット→やたら見覚えのあるセット マネキンのセットが不気味だったわ
あとフランスパンの写真を合成したやつが
安っぽかった くちびるの5週目、最終週は最低だったわ。
美穂と一緒だったのは良しとするけど
しょうもない着ぐるみがユッコの胸だかを
触ってユッコが胸押さえて一瞬歌えなくなったわ。
せっかくの歌が台無しになったわ。 一瞬じゃないわよ
結構長い時間、笑ってしまって歌えなかった
で、スタッフに注意されたのか急に真顔になってちゃんと歌い始めるのよ
あれ怖かった
木の精?の「有希子ちゃーーーん‼」×3が一番怖かったけどさ
あんなのまさに死後の世界よね >>609
こわ〜い顔の事務所関係者か偉いさんを見てしまったんでしょうね
急にシュンとしてたし >>581
その歌手の代表曲以外がランクインしてるケース
アン・ルイス=ラ・セゾン(代表曲:六本木心中)
麻倉未稀=黄昏ダンシング(ヒーロー)
岩崎良美=涼風(タッチ) 私、スクールウォーズ見てなかったからか
ヒーローってあんまり麻倉未稀のイメージないのよね
で、この板で紅白のルミ子を絶賛してる姐さんの影響で
ルミ子のイメージもついちゃったしw
でも黄昏ダンシングの印象も弱いのも確かね
こっちはドラマ「さよならを教えて」をたまに見ててそっちの印象が強くて
この板で、ベストテン出てたのを「あら、そうだったかしら?」って思い出したぐらい
結局、私のなかでは「ミスティトワイライト」の人だわ >>611
このかっこ内の3曲 どれも入らなくてがっかりした覚えがあるわ 入っても良いのに入らなくてばっかりした覚えがあるわ あとこれに加えて 松本 イオ
の Believe あれも入ってもおかしくなかった後は早見優のパッション この辺 も がっかりだったわ 詳しい曲が いろいろとあるのあと石
川秀美の涙のペーパームーン も 本田美奈子のテンプテーションも入らなかったわよねおかしいのよ なんであの予告編なんかが入るの これらの曲が入らない 優のPASSIONもランクインしてないの??
あの曲を紅白で歌ってたのに その辺りの曲は、ランクインしてなくてもまぁ仕方ねーなって印象。
その代わり、トップテンとかは入ったんじゃないの?
知らんけど。
守谷香あたりになると時代が違うし、もう別モノ…。 >>611 タッチと六本木心中が入らなかったのはびっくり。長いこと11〜20位でジグザグしてたのかしら。黒柳に「お待ちしてるのよー」とか言われながら
ラ・ゼゾンってサビしか覚えてないわ。歌詞が恥ずかしかった気がする アン・ルイスは「Woman」「リンダ」の人かと思ってたけどオリコンでも両方ともしょぼい。アルバムの人だったのかもね
ベストテンも毎週同じ曲聞かせないでアルバム要素を入れてくれたら見たのに アン・ルイスは何の人かと言われたら、ナベプロの人って印象しかない。 Love Fair 12位
生意気 11位
Temptation(誘惑) 11位?12位?
同時期のこの3曲、入ってほしかったわ
これらと同時期に少女隊が5300点ぐらいで10位に入ったり
秀美のゲバッ‼が5.5万枚しか売れなかったくせに3週も入ったりしてたのよね temptationは入ったらそれだけでプロモになってもっと売れたでしょう
生意気と同時に美穂のビーバップがヒットしてなかった? あれはいい曲だったけど生歌唱してる記憶がないわ 立花理佐なんかが入るぐらいなら当時シングルカットされなかったりリカットで上位にいかなかったスタンダードナンバーを入れればよかったのにね。B面でもいいし
有線じゃ強かったけど対象から弾かれたんじゃないの? 出てきてくれてちゃんと歌える人に限れば「瑠璃色の地球」「予感(斉藤由貴)」とか。石川さゆりのウィスキーがお好きでしょも聞きたかったけど91年、遅すぎたわ 少女隊 5139点で10位
11位→11位→10位
クソラッキーだったわね
生意気 5409点で11位
Tempt 5466点で12位
この点数では普通はランクインしないわね 五郎さん「コーラスライン」は、以下のとおりで
これはこれで凄絶だわ
4966(10位)→4957(9位)→5659(9位)→5883(10位) オリコン最高24位の曲なんかランクインさせたらダメよ
しかも4週も
愛の呪文3週よりひどいわ
コーラス・ライン 24位 8.8万枚
愛の呪文 7位 5.5万枚 五郎さんの19:00の街もオリコン16位でベストテン 5位って! 野口五郎は勢いを失ってたけど上手さが抜群だし、19時の街は演歌的に売れたのよ。18万枚近くね
83年なんていうと秀樹やひろみは粘りもなければ瞬発力もない、ただハガキでtop10にたまに入ってただけ 五郎は79年からオリコンでは10位内に入れなくなったけど根強いファンは多かったのね
でも「真夏の夜の夢」と「女になって出直せよ」が売れなくて元の路線を80年に持ってきて完全に終わってしまったわ
せめて「グッドラック」の次に「真夏の夜の夢」を持ってきて秀樹が「ヤングマン」で目立つ前に新しい五郎を出せていればと悔やまれるわ 五郎が「ヤング・マン」を歌えば良かったのよ
それか「ヤング・セーラーマン」を
たまにはそういうハジけた歌を歌うべきだった 五郎のこと、舐めすぎ
知らないことは恥じゃないけど、的外れなことを堂々と言うのはみっともないわ ゲバッ秀美みたいに下手糞だとパクリ疑惑さえ湧かないというw 幸せだわ 79年って途中まで五郎よりも先に郷ひろみの売上がやばかったのよね
ハリウッド・スキャンダル→地上の恋人→ナイヨナイヨナイト
ってどんどん売上落ちていってたし >>634
別に下手糞なんかではないと思うけど
不必要に秀美を蔑む必要はないんじゃない?
なんか秀美に恨みでもあるの? >>635
年末の勝負曲の五郎「青春の一冊」ひろみ「マイレディー」で明暗が別れてしまったわね
私は「送春曲」を除いて他の3曲は好きだったから
何で?と思ってしまったわ
ひろみはこの時期もベストテンには入れてたのかしら 秀美さん音程はフラフラだったけど
ゲバの頃は声量に厚みが出てて
それなりにサマにはなってたわ 秀美の声って苦手だわ
特に「あなたとハプニング」のシングルなんて拷問 基本ネチッこいけど、めざめなんかはヒステリックさを抑えたソフトな歌い方で好きだったわ 秀美さん、ペーパームーン、ポリスマンくらいまではよかったけど、その後はなんだか歌い方が鼻につくようになったわ
おそらく事務所先輩の宏美さんや奈保子さんの影響受けて、自分に歌唱力がある、と勘違いしだしたころから苦手だわ そうよ、ゆれて湘南をピークに下手になっていって代表曲がないの。あの美貌と美脚で
そんなのがベストテンに入るから「タッチ」とか「チェックポイント」みたいな名曲が見れなくなるの。バカバカしい 「熱風」ってすごい売れ線だと思うんだけど大して売れなかったわね
特にアレンジが大好き
同時期に優は同じ林さん作曲のポパイを、桃子はサマアイを歌ってたのよね
ほんとポパイは嫌がらせレベルだわ
ズケズケものを言う優「こんなの歌いたくない‼」って発狂しなかったのかしら?
案の定この曲からベストテンに入らなくなった 熱風あたしは苦手
秀美の歌い方ってただでさえ暑苦しいのにタイトルで更に暑苦しいって拷問よ
少なくとも夏に聴きたくないわね >>637
ナイヨナイヨナイトはベストテンにランクインしなかったわ
子供心に淳子の次はひろみなのね?って思ったけど
その後、挽回したわね >>645
明星で「杏里さんの悲しみがとまらないみたいな曲を期待してたのに幼稚な曲でショックだった」と嘆いてたわよw
トシのninjin 娘やチェッカーズ のガチョウの物語みたくひらけポンキッキで採用したら
いけたと思うのよセーラ マン 椰子の葉陰でジャンクション♪なんていう卑猥な歌詞があったから
ポンキッキなんか絶対ムリよ ポンキッキはもものハートって受精の曲もあったし大丈夫じゃない? 何でタイアップついたビューティフル
ライバルをA面扱いにしなかったの?
レッツヤンでも確か歌ったわよね。 その方が良かったかもね
あと、セーラーマンはアレンジが安っぽくてうるさくて酷すぎ
誘惑光線の流れで大村さんに続投してもらってたらまだマシだったかも ナンシー、ライオンと同じ人よね?ポパイアレンジ
なんかパタパタうるさいし安っぽいのよね
PASSIONもアレンジャーは違うけど安っぽいのよ
>>651
ライバルもつまらない歌なのよね
でもポパイの9.9万枚よりは売れたと思うけどさ
優の声がペラペラなのにアレンジまでペラペラだなんて… セーラーマンはNHKのみんなのうたみたいだけど、
詞とアレンジがヘンテコなだけで曲は悪くないんじゃない? あの頃って打ち込みアレンジが流行り出した時期なのよね 優のスタッフはそれを過剰に取り入れた感じだわ 哀愁情句みたいなオケアレンジがやっぱり良いのよ ただ82年組の中では
優、秀美はやっぱり他と比べて沈むのが早かったわね ちえみはドラマ人気もあったから
84年は華やかだったけど 秀美のあなたとサマーフィーリングに近い雰囲気あったね me⭐︎セーラマン 「熱風」を優が歌って、ポパイなんか秀美にくれてやっときゃ良かったのよ
誰かも言ってたけど、ただでさえ暑苦しい秀美に、しかも真夏に「熱風」だなんて…
そりゃせっかくいい曲あてがっても売れないわよね >>655
どの82年組と比べてかしら?
明菜今日子より早いのは仕方ないとして
84年以降ベストテン入らなくなった伊代よりは粘ってたわよ
ちえみも85年になったらデッドエンド→ワッショイ→青春の忘れ物で着実に人気は下降してたし
同じ時期に秀美はあなハプ→シーラブ→愛の呪文で売上自体はちえみ同様着実に下げてたもののザ・ベストテンとかには入り続けてたからちえみの方が先に消えた感あったわ
優はポパイ以降一旦消えたもののパッションやらハートは戻らない等で所々復活してたわ ちえみはドラマ、伊代は司会と幅広く活動してたけど秀美や優は他で注目集める事すらなかったから早々落ちたイメージあるわ 秀美は芸能人運動会で目立ってたんだけど
運動会自体がだんだん廃れてきたわね
優はアイドルとしてオワコンになってもバイリンガル活かして英語関係の仕事で食いつないだわ >>653
うるさいのがイヤ、ペラペラなのもイヤ
どう言うのがいいのかしら
矛盾してるねw Me☆をミスターと読ませるのがわかんなくて、Me セーラーマンて何かしらとずっと思ってたわ 1984年の堀ちえみと1988年の浅香唯は
ドラマが当たったこともありやたら勢いがあったけど
その後一気に落ち込んだね パタパタ、パンパンうるさいのにペラペラなのよライオンとポパイ
あとライオンはジャケ写が最低最悪
あんなのレコード屋(死語ね)でジャケ写見て買うのやめた人、3万人はいたと思うの 浅香唯って可愛いとは思うけど思ったほど持続しなかったわ
ドラマ出演で右肩上がりに売上が伸び、その後、C-girlを頂点にきれいに右肩下がりで
売上が挽回することなかったわよね?
シングルの成績が八ヶ岳ではなく富士山(←C-girlが頂上よ)タイプ 唯は同性ファンが少なかったのよね
童貞男子学生御用達アイドルって感じで
曲も売れていくにつれてロックテイストになったりネバランみたいな変なバラードリリースしたり、
ビデオで魚を咥えた映像がトップテンで流れてたけどノンケどもにはたまらなかったろうね
ADブギの頃は原宿でカップルの男に握手を
求められた時、彼女の方から「あんたうちの彼氏に色目使ってんじゃないよ、たいして売れてないくせに」って因縁つけられたそうよw
ナンノも一見同性ファンが少ないように
見えたけどオーディションでナンノの曲を選曲する子が多かったりロングヘアでトップにリボンつけたお嬢様ヘアを流行らせた実績もあるのよね 曲に恵まれなかったのもあるわ
Starからセシルまではいい流れだったのにTrue Love以降、駄曲の連発ですぐに飽きられたわ