何も打ち込むことの無い人生。好きなことを自由にやれない人生。好きなことが誰にも共感されない人生。
何故私がこの世に生を受けたか、何故今この場に私が存在しているのか、それがさっぱり理解できなかった。
だから、精一杯生を全うしようとしている人が眩しく見えた。私が一切持たないものだったから羨ましかった。

空っぽの私が良く見る夢。足元にはいつでも死臭の漂う亡者達の手が無数に伸び、足首を掴もうとしていた。
何でお前なんかが生まれてしまったのだ、と。自分の方が生命を有効に活かすことができるのに、と。
そんな光景の中でも、私は特に動じることなく平静を保っていた。
そちら側に連れていくなら、とっとと引き込んでくれ。私はいつでも身代わりになってあげるから、と。

朝起きて、堕落した生活を送って、味もわからず空腹を満たして、悪夢を見るために眠る日々。それだけだった。
毎日が死神に取り憑かれたような、空虚でなんの手応えも無い生活だと感じていた。

――1年前までは。

今、私の足元に広がるのは亡者の手ではなく、橙に輝くサイリウム。
今、私の耳に入るのは呪いの呻きではなく、割れんばかりの歓声。
今、私の脇で見守り続けるのは死神ではなく、団結した大切な仲間たち。

私の存在を認めて、望んで、求めてくれる人たちの姿。
今までこんな景色は一度も見たことがなかった。そう伝えてくれる人はいても信じることができなかった。

・・・・

「ほら、わたしの言った通りだったでしょう」
ごめんな。疑ってたわけじゃないんやけど、どうしても私なんかにって思ってしもうて。
「でも今なら分かるでしょう。楓ちゃんに救われた人も、楓ちゃんに生きていてほしい人もたくさんいるって」
何となく、やけどね。まだ全然自分でも消化できてないけど、何だか生まれ変わったような気分がしとるよ。
「じゃあ、あなたが第二の樋口楓ってことでいいですね」
はは、そうかも。『Brand New LIVE』って『新たな人生』って意味やもんね。
「何でも良いです。楓ちゃんはそのままの姿でここまでの偉業を成し遂げたんですから」
けど、偉業って言われても自分ではよう分からん。今回のライブを越えられる気がもうせんよ。
「それは今の力を出しきったってことでしょう。明日の楓ちゃんはもっと凄いです、明後日は更に凄いはずです」
……結局、第一の樋口楓も第二の樋口楓も私だった、ってことでもええんかな。

「まあ、楓ちゃんは楓ちゃんしかいませんから」

励ましでも慰めでもない美兎ちゃんの言葉。それだけで胸が暖かい幸せで溢れ返っていった。
私がこの場所に存在していて良いんだ、隣に居ても良いんだ。そんな自信で満たしてくれる響きだった。

私は第二の樋口楓。

一旦は諦めた夢を掲げ、想いを世界中に鳴り響かせるため、新たな世界へ身を投じた存在。
第一の樋口楓も鏡の中で見守ってくれている。彼女のためにも、まだ見ぬ景色を求めて進むと心に決めた。
美兎ちゃんと作り上げた歌をこの手に、このライブを始まりの合図にして。

「……いつか、美兎ちゃんを武道館に連れてってあげたいな」
「それは楓ちゃん次第だと思いますよ。わたしは楽しみに待ちますから」

はは、手厳しい。
これはいよいよ止まるわけにはいかんよな。