美兎ちゃんが体調を崩した。
それを聞いたのが本人から直接ではなく、えるちゃんを通してだったのがショックだった。
『終わったらお見舞い行く』
『伝染るから来んな』
メッセージアプリに流れる言葉は普段より強い拒絶に感じて辛かった。
「でろーんちゃんに伝えたら絶対『お見舞いに行く!』って言うからって。えるも止めてねって言われたよ」
「わ、私だって、そんなあほちゃうし」
どうやらインフルの検査もするらしい。そんなに具合が悪いのかと胸が苦しくなった。
私の思考は事前にお見通しだったみたいで『余計に心配をかけてしまったなあ』と情けなくなった。
いくら彼女が気を使ってくれたって私が心配するのは変わらないのに。
「……でろーんちゃん、えるの話聞いてる?」
「あっ、ああ。ごめん、ぼーっとしとった」
「もう! みとみとちゃんがインフル陰性だったって。ツイートしてるよ」
「陰性って? インフルにかかっとったの、違ったの」
「本気で言ってるのそれ……?」
散々イジられた分はあとで仕返しするとして。そうか、ただの風邪が濃厚なのか。
少なくとも美兎ちゃんがひとりでインフルエンザに苦しむ可能性は低くなった。これで番組に集中できる。
今回の収録さえ終えれば年明けの大型案件は一段落。自由な時間も作れるはずなんだから頑張らなければ。
「そろそろ出番だよ、でろーんちゃん」
「言われんでも分かっとるわ」と精一杯強がって、むしろ私を心配するエルフの背を追った。
番組の成功を第一に考えなければ。美兎ちゃんが考えるのはきっとそれなんだから。

・・・・

「無事に始まりましたね、っ、ごほっ」
滞りなく始まったというだけなのに、布団の中で安堵する。
あの女は下手するとマジ凹みして駄々こね始めてもおかしくないからな。えるちゃんよくやったぞ。
それにしても(VTR出演)の文字がシュールだな、本編にも出てるのに。この字面だけでもいいネタじゃないか。
あー……解散芸ね、昔私たちもやったなあ。これって元を知らないと本当に悲しくなるんじゃないか?
しずりん先輩、半分素だろこのリアクション。それなのに可愛いからずるいわー。
いいじゃんいいじゃん。皆楽しそうだしコメントも盛り上がってるじゃないか。
嬉しい反面、どこか寂しい気分もあった。これはあれだ、寿司コラボの時にも感じたちょっとした孤独感。
失敗したなあ。ライブが大成功に終わったら一気に力が抜けちゃうんだもんなあ。情けないぞ私。
でも今日の案件も無事に終わりそうで良かった。これで何も心配することなんかないはずだ。
安心したら薬の効果か意識がまどろみだした。ちょうどいい、部屋にひとりで起きてなんかいられねえよ。
ごめんね楓ちゃん、最後までは見れなかったわ……

布団の中なのに寒い。沢山の汗で冷えてしまった私はぶるぶる震えながら、もそもそと布団を深く被る。
だめだ、身体がだるい。全身が鳥肌にまみれたみたいにこそばゆい。このまま布団で芋虫になっているしかない。
「さむ……つら……」
「あ、美兎ちゃん起きたん?」
うん、正直知ってた。絶対来ると思ってた。今日は都内に来てたんだろうし。
「……なんで、げっほげほっ、おえっ、来たんですか。ずずっ」
「あー、まだ起きんでええよ。ってすごい汗やん! タオルタオル、着替えも出さな」
話聞け樋口。この部屋はウイルスまみれだから絶対伝染してるぞ。
「はいはい脱ぎましょうね。寒いけど汗拭くから少し我慢してな……これでよし」
処置を施してもらうと、幾分か寒さがマシになった気がした。震えは止まらなかったけれど。
「寒い? 私が暖めたるから大人しく寝とってよ」
ぎゅっと抱き締めてくれる楓ちゃん。暖かい。ひとりで寝ていた時の何倍も暖かい。
「美兎ちゃんが一番辛いのは寂しいことやもんな。それは私なんかでもどうにかできるから」
くっそ、全部お見通しかよ。知らねえぞ、私の風邪をもらって自分が辛くなってもさ。
「実は私も大型案件が終わったら力抜けちゃってな。少し寝とってもええかも」
そうか。それならふたりでしばらく充電期間にするのもいいかもな。ああ、心地よくて眠くなってきた。
「んふふ、ええよ寝ても。お腹すいたら言ってな、何日か持つくらいは仕入れてきたから」
風邪よりも空腹が辛いなんて、そんなとこまでお見通しだったのかよ。クソ恥ずかしいじゃないか。
私は心地いい暖かさと人を駄目にする柔らかさに包まれて、熱で頭もぼうっとしてしまって。
考えるのも面倒臭くなったので『もうどうにでもなれ』と、ぬくもりに埋もれながら瞼を閉じたのだった。
当たり前みたいにこんなことするから本当ずるいんだよなあこの女。