【ボクシング】「自分のルーツを知らなかった」 前会長・山根明が明かす『ルーツ』『密航』『強制送還』の過去[04/06] [無断転載禁止]©bbspink.com
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0001逢いみての… ★2019/04/06(土) 00:48:35.53ID:CAP_USER
「文甲明(ムン・ガムミョン)」。

一時期インターネット上で出回っていたこの名前を、目にしたことがある読者もいるかもしれない。日本ボクシング連盟前会長・山根明氏の「過去の名前」だ。

これについて山根氏は、3月22日に上梓した著書『男 山根 「無冠の帝王」半世紀』(双葉社)の中で、こう記している。

〈「左記(下記)の者の申請に係る日本国の帰化の件は、これを許可する。
昭和55年4月23日
法務大臣 倉石忠義
住所 大阪市淀川区十三東4丁目7番2号
文甲明(山根明、文沢明) 昭和14年10月12日生」

これは私が40歳で日本人になった℃桙ノ、官報に記載された文言だ。私自身、官報でこんな告知がなされていたなんて、騒動で渦中の人となるまで知らなかった。私が在日韓国人だという「噂」を耳にした連中が、官報を熱心に検索して探し出したという。まったくご苦労なことだ。

私は、在日韓国人だった。だが断言するが、自分が在日韓国人であったことを一度も隠したことはない。

むしろ、父祖の地である大韓民国、朝鮮半島のことを思うと心が熱くなる。その一方で、私は日本人としてのプライドも人一倍強く持っている〉(『男 山根 「無冠の帝王」半世紀』第2章P56より)

在日韓国人「だった」。日本人に「なった」――。

山根氏のこのような表現に、違和感を覚える向きも少なくないことだろう。しかし確かに現在、山根氏は日本人であり、「山根明」という名前も本名である。今回、氏は自身の数奇な人生についても包み隠さず語った。

「私はね、本にも書いた通り、自分の出自について一度だって隠していたことはありませんよ。ただ、日本ボクシング連盟の会員になる際、『日本の看板を背負う以上は日本人であるべきだろう』と、日本国籍を取得した。それからは、れっきとした日本人です。

そもそも私は日本で生まれて、大阪で出生届を出されています。もしも日本が戦争に負けなかったら、もしも大村収容所に入れられるようなことがなかったら、最初から最後まで、日本人として生きられたはずだったんです」

昭和14(1939)年10月12日、山根氏は大阪府堺市で生まれた。

韓国で両班(ヤンバン:官僚などの職位を担った貴族階級)であった父方の祖父が日本に渡り、山根氏の父親もまた、日本で生を受けている。母親は韓国生まれで、祖父母と共に日本に渡ってきた。

両親とも明治43(1910)年の日韓併合後に生まれており、当時の位置付けで言えば「朝鮮半島系日本人」、いわゆる「コリアン・ジャパニーズ」だ。

山根氏は、後に韓国に“帰国”せざるを得なくなるまで、自身のルーツが韓国にあることを知らなかったという。

「当時は自分が韓国にルーツがあると聞かされても、まったくピンときませんでした。韓国で生まれた母でさえ、家では日本語でしたから、私は日本語しか話せませんでしたしね。

それが、昭和20年8月15日の終戦を迎えてすぐ、6歳の頃に、母と幼かった兄弟たちと一緒に、祖父の故郷だった韓国の三千浦に帰されることになったんです。“韓国に帰る”という言葉に、大きな違和感があったことは今も覚えています」

続く

以下ソース
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63856

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0002逢いみての… ★2019/04/06(土) 00:49:02.30ID:CAP_USER
日本が敗戦国となったために、日本の韓国統治は終わりを告げた。それまで日本人だと思って接していた人たちも、途端に「俺たちは戦争に勝った民族だ」と手のひらを返したという。

「しかしね、父は日本軍の仕事をしていたために、一緒には来られなかったんですよ。結局、韓国に渡って5年が過ぎた頃、昭和25年に今度は朝鮮戦争が始まった。それで私たちは再び、日本にいる父のもとに帰ることにしたんです。ただ、今度は密航という形でね」

おそらく朝鮮半島内が混乱に陥っている最中の脱出劇だったのだろう。当時10歳、11歳だった山根氏には、その頃の記憶はあまり残っていないという。ただ、昨日まで仲の良かったはずの隣人同士が突然争い、殺し合うようになる姿は、うっすらとまぶたの裏に刻まれている。

「結局この時は、日本に着いたものの密航がバレて、すぐに(長崎県にあった)大村収容所行きとなりました。その後、家族とともに韓国に強制送還です。

それから数ヵ月経つと、今度はひとりで密航することを決意してね。その時も日本に上陸してすぐ、大村収容所行きだったんですけど(苦笑)。この頃は、朝鮮戦争から逃れて日本に密航してくる人が後を絶たなかった。大村収容所は、そういう密航者を収容するための施設だったんですよ。

幸いにもこの時は父に情報が渡って、私はなんとか脱出することができた。ただ、本当は『自費で韓国に戻る』という約束だったんですが、私はそのまま父の住む堺に帰ってしまったんです。

そこから10数年、最初の結婚をする時まで、私は“逃亡者”として無国籍のまま暮らしていました」

インタビューの間、山根氏は何度か自身のことを「私は無学の人間ですから」と説明した。

確かに山根氏は、小学校教育は韓国で受けたものの、当時は韓国語がほとんどわからず、さらにその間2度の密航を体験するなど、教育課程を修了したとは言い難い。さらに大阪に戻った後も、中学校に進んですぐに無国籍状態であることが問題となり、学校に通うことができなくなってしまったという。

「ただ、大村収容所にいた8ヵ月間には、日本語をしっかりと勉強する機会に恵まれました。私が収容される3年ほど前から大村に入っていたおじさんで、おそらく当時55歳くらいの男性だったと思うんですが、ひらがな、カタカナ、漢字の読み書きなどを、みっちり教えて下さったんです。朝10時から、1日最低6時間は勉強漬け。漢字は1500字くらい覚えましたね」

そのまま10代、20代を過ごした山根氏が、正式に在留資格を取得したのは27歳の頃。冒頭で記した通り、無国籍状態から「在日韓国人になった」のがこの時である。

〈私は日本人ではなく、在日韓国人という立場になった。日本に生まれて、日本人として育ち、たった6年間しか韓国で暮らしたことがないのに、日本人ではなくて在日韓国人なのか。そのことに疑問もあったが、この頃は、祖父から父、そして私へと流れる韓国人の血というものについての誇りも持ち合わせていたので、それもまあいいかと納得した〉(第3章 P148より)

法務省の統計によれば、日本には現在、在日韓国人・朝鮮人と呼ばれる特別永住権を持つ人たちが全国におよそ32万人いると言われている。そのうち、一度も韓国や北朝鮮で生活をしたことがないという人も、現在では珍しくない。

日本で生まれ、日本で育ち、日本で教育を受ける。そのまま日本で仕事に就き、日本で生涯を終えたいと考える。そうした人々の中には、山根氏のように「在日韓国人・在日朝鮮人とは何か」そして「日本人とは何か」という疑問を抱く人も少なからずいるはずだ。

「私は、自分が生まれた日本という国を大事に思ってきましたから、在日韓国人だと言われようが、そうした“カテゴリー”はどうでもよかったんです。もちろん、本でも詳しく書きましたが、同胞ということで助けてくれた人もいました。韓国にルーツがあることから、(韓国のコングロマリットである)ハンファグループの金昇淵会長にもずいぶんとお世話になりました。

ただ、いつだって忠義を尽くしてきたのは、日本に対してです」

続く
0003逢いみての… ★2019/04/06(土) 00:49:12.34ID:CAP_USER
その思いは、選手たちにも向けられてきた。

「日本では、同じ在日の中でも朝鮮人と韓国人が別々の団体を作っていますよね。でも、私はそのどちらにも属していませんし、朝鮮系だろうが韓国系だろうが、ボクシングのリングに上がれば平等だと考えてきました。スポーツには国境はない。愛にも国境はありません。

ただね、私がボクシング連盟に加盟する前は、朝鮮高校の子たちがボクシングの試合で勝たせてもらえないという現実があったんです。

選手の力量とは別のところで、各々の連盟役員の力が判定に大きな影響を及ぼしていた。同様の理由から、連盟の中で立場が弱かった奈良県の選手も、たびたび『勝たせてもらえない』場面があったと私は感じていました。

そういう意味では、国籍云々だけが問題やない、ということなんです。韓国だろうと朝鮮だろうと奈良だろうと、『どこどこの人間だから』というだけで不平等な扱いを受けるのはおかしいでしょう?

私自身、ボクシングをしている時は、自分の国籍や学歴といったいろんな問題から解放され、救われる体験をしてきました。だからこそ、選手たちが所属先次第で不当に負けることがないようにしたいと努力してきたつもりだったんです。

でも、今思えば、そういうことが常態化していたアマチュアボクシング界というのが、そもそも問題だったんですけどね。生まれ変わったら、次は別のスポーツをしたいなと思っています(苦笑)」

昨年、一連の騒動の中でも特に広く知れ渡ったのは、「奈良判定」という言葉ではないだろうか。2018年の流行語大賞の候補にまで選出され、山根氏の代名詞とも言える言葉として広まった。

当時、「奈良判定」を象徴するものとして、ワイドショーなどでたびたび放映された試合の動画がある。判定結果についてはさまざまな意見があるものの、この試合で「奈良判定」によって勝利したとされる奈良代表の選手は、その後プロに転身し、現在も負け知らずの活躍を見せている。

「私は(連盟の)会長になった時、ボクシング界から不平等をなくしたいと思っていたんです。それと同時に、自分のような学歴のない人間でも、日本連盟の会長にまでなることができた。出自も学歴も関係ない。純粋に、懸命に打ち込んできたら、誰だって上り詰めることはできるんです。私はそのことを、教えてきた子どもたちに伝えたいと思っています。

同時に、私の本をひとりでもいいから最後まで読んでくれる人がいたならば、私のような人間が本を出せるまでになったということを、どうか励みにしてもらいたい。まさか文字も読めなかった人間が、こうして本を出せるなんて、大村収容所にいた子どもの頃の自分には想像もできませんでしたから。

死んだ後でも、あの世で自慢しますよ」

山根氏の素顔を知る上で、おそらく一連の騒動における彼の振る舞いだけを見ていては、わからないことも数多くあるのだろう。その一方で、騒動に直接かかわった人々にもそれぞれの主張があるはずだ。

しかし、戦後の混乱の中を強かに生き抜いてきた山根氏の言葉には、ワイドショーの報道では見えなかった知られざる一面が、確かに滲んでいた。

終わり
0004夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 00:51:55.26ID:EKHnWfNC
長いんだけど
0005夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 00:56:10.95ID:CGwiaue+
話し方ですぐに分かりました(´・ω・`)
0006夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 01:02:21.82ID:uTit7K/n
日本人じゃないゴキブリが日本人のプライドとか
なりすましも甚だしい
0007夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 01:03:49.79ID:dJb7wR61
韓国で拡散希望。朝鮮人の親は実際上、日本人だと。
日本は日韓併合時に現在価値の63兆円を投資した。その結果、朝鮮人の人口は2倍に急増した(産経記事)。
朝鮮人の半数は、日本人によって「人為的に」生まれたと言える。日本人によって2倍に生まれた半数は残りの半数と結婚し、子孫となっている。だから、金正恩を含め朝鮮人のほぼ全員は、日本人の影響によって生まれたのが真実だ。
よって日本人が朝鮮人のお父さん、お母さんなのだ。
日本がロシアに負けて朝鮮半島に来ていなければ、タイムマシンの映画のように、今のお前らは一瞬で消える。
今日から日本を、お父さんの国と呼びなさい。家父長制の人種なら、恩知らずのヘイトスピーチを謝罪し、お礼をしなさい。
0008夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 01:34:53.58ID:5zmMuyBV
朝鮮人の血は洗い流すことはできない
0009夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 02:07:07.17ID:fhe5MeVg
アクセントでわかったが
0010夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 04:03:22.74ID:PkWoXuN2
静かに下向いて息して暮らせよ

在日はこれくらいの事も出来んのか?

祖国・韓国と日本が戦争状態へ突入したら

いくら温厚な日本人でも何するか分からんぞ?
0011夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 05:09:12.95ID:C87ctBqh
在日韓国人=密入国
0012夜更かしなピンクさん2019/04/06(土) 05:18:37.37ID:eZ9NB9ka
仕事がある人は問題無い
問題があるのは、仕事が無い人、職に就かない人
こういう人は帰国すべし
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