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 温厚な人柄で知られた志村けんさん。だが、その中で唯一、志村さんが激怒したと言われているのが田代まさし被告だ。かつて志村さんにお笑いのセンスを見出され、コメディアンとして活躍していたが、2001年に男性の風呂場を覗いたとして現行犯逮捕、さらに覚せい剤容疑でも再逮捕された際、志村さんは彼に『芸能界から消えてもらいたい』と決別宣言した。

 この後、田代被告が何度も薬物の誘惑に溺れて行ったのは周知の事実。だがその間、志村さんからのコメントは一切なく、縁を切ったものと思われた。しかし、事実は異なるのではないかと勘繰ってしまうのが、バンドのベーシストをしているという、田代タツヤ氏と名乗る人物が30日に更新したツイートだ。

 「父がタレントとしてやっていける様に一緒にやらないかと声を掛けてくれたおかげで何不自由なく家族が暮らしていく事が出来ました。 恩は語り尽くせない… (中略)安らかに眠ってください。 志村さんありがとうございました…泣」(原文ママ)
 
 このタツヤ氏こそ田代被告の息子。2月10日放送のドキュメンタリー番組『ストーリーズ 事件の涙』(NHK)にも、田代被告の息子として出演している。番組によれば、同被告が罪を犯して以来、タツヤ氏を含む家族たちは世間から目の敵にされてきたという。だが、この「何不自由なく暮らしていくことができた」というつぶやきだけ見ると、志村さんが師弟の縁を切ると言いながら、同被告に何かしら金銭面で援助をしていたのではと邪推したくなる。

 「今回のコロナウイルス騒動で、閑古鳥が鳴く銀座のクラブを助けるべく来店していたという志村さん。慈悲深い彼が、田代被告の家族にいくらかのバックアップをしていたことは十分に考えられます」(同)
 
 さらに、30日の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)でも、芸能リポーター井上公造氏が「事件を何度起こしても、田代さんに最後まで救いの手を差し伸べていたのは、志村さんですからね」と明かしている。
 
 金払いが良く、彼女との手切れ金もポンと数千万円を出していたという志村さん。もし田代被告の面倒を見ていたとしたら、田代被告は恩師の死に、悔恨の念にさいなまれたまま生きることになるだろう。

以下ソース
http://npn.co.jp/article/detail/200002705

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