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バーでの慶子さん。

「約20年前の事だから、最早誰も知らないだろう」

そう思いながらも、新潟県一の繁華街の古町に降り立ちました。当時は繁華街の住民なら誰でも知っていると言ってよい有名人がいたのです。

「あげまん慶子」という女性です。

当時僕はワニマガジン社に勤めていた新人編集者でした。『アクションカメラ』という雑誌を出していた出版社です。企画でライターさんと全国の風俗街を回っていました。新潟にも出張しました。その際、キャバクラに行きました。何か面白いその土地の情報がないのかを確かめに。

「ねえねえ、この辺りで面白い話ってない?」とライターさんが聞きます。すると即座にキャバ嬢たちが「慶子じゃない?」「そうそう『あげまん』ね。『あげまん慶子』」と口々に話し出します。

「あ、あげまん慶子?」そのインパクトあるネーミングに思わず僕らは耳をすまします。情報を精査すると

・自ら「あげまん」と名乗っている「慶子さん」という女性がいる
・手製のビラを作って自転車で繁華街や駅前を「はい、あげまんでーす」と言いながら配っている
・ビラの内容は、「私とすれば運が上がります」(以下自粛)と携帯の番号が書いてある。新潟出身の元首相田中角栄氏もあげたという
・公衆電話(当時はまだ結構ありました)や男子トイレにそのビラが貼ってある
・ビラではなくマジックで公衆電話に携帯の番号が書いてある

ざっとこんな感じです。その時は僕らはビラを収穫。さっそく電話をかけると「はい、あげまんでーす」と中年女性っぽいハスキー声の人が出てきました。「あげまん」が屋号みたいなので可笑しさをこらえながら「ビラを見たんですけど」と言うと、「いくら持ってんの?」と言います。「あまり持ち合わせがないんです」と返事をすると「じぉあ、一万円で運勢を占ってあげる」との事。とは言え、取材時間が限られていたのと、ちょっと怖いので切り上げて東京に帰りました(取材の主旨とは違うので)。

それから僕は、ミリオン出版(現・大洋図書)に移籍しました。そこで初めて編集長になりました。『ダークサイドJAPAN』という誌名の雑誌でした。立ち上げなので、かなり攻めた内容だったのですが(おかげがで二件の訴訟を抱えました)校了近くなって3ページばかり余っている事に気づきました。「何か面白い事ないかな」と会社で考えているうちに、ふと数年前にすれ違った「あげまん慶子」という名前を思い出しました。

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手製のビラ。

時計を見ると午後3時ころ。「新潟まで車で4時間とすると、夜7時には着くな」。思い立ったらすぐ行動に移る癖のある僕はカメラ、ICデータ、ノートなど最低限の取材道具をカバンに詰め、車で関越道に乗り、一路新潟を目指しました。「あげまん慶子さん。まだいるかな」。考えてみれば、会えないかも知れないのに結構無謀な取材です。

新潟に着いたら既に夜になっていました。あんなに有名だったあげまん慶子さん。

しかし、トイレにも公衆電話にもビラがありません。公衆電話にマジックで書いてあった携帯のナンバーも薄れています。この町での彼女の存在のように。

古町の繁華街に立っていたキャッチに聞きますが、「見ないな」と言います。色々、聞き込んでいるうちに「隣の駅で見た」という話が入ってきました。そこでタクシーで隣の駅に行ってみると、辺りは真っ暗でとても「慶子さん」が上げる相手がいそうもありません。

続く

以下ソース
https://tablo.jp/archives/42046/

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