0002逢いみての… ★
2021/05/02(日) 00:03:56.04ID:CAP_USER生きるか死ぬか、その瀬戸際で障害を越えられない馬に対して、(お前が生きていくためだ、がんばってくれ)という思いから、強い行動に出てしまったということであろう。
もちろん、だからといって馬の顔を蹴ることは許されない。帯広市が「如何なる理由があっても、当該行為は認められるものではなく」としているのは当然で、別の方法があるなら、それを用いるべきであった。
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笑みを浮かべる伊是名夏子氏(社民党 Official You Tube Channel 画面から)
ここで考えたいのは、鈴木騎手の行動の目的と手段である。
@ 目的:馬への扶助を行い、競走馬になれるようにして、馬の命を助ける。
A 手段:馬の顔を蹴る
見ての通り、@の目的については正当性が認められる。しかし、馬の顔を蹴る手段が許されず、多くの人はAを批判している。@の目的が正当だからといって、Aの違法性は阻却されない。
今、話題の伊是名夏子氏に関して目的と手段について考えてみよう。
@ 目的:駅のバリアフリー化が遅れていること、JRの対応の現状を世に知らしめる。
A 手段:無人駅まで案内させ、電動式車椅子を4人の駅員に持たせ階段を昇降させた。
こちらもこれまで何度も触れてきたように、@の目的そのものは悪くない。多くの人がAの手段がJRに過度の負荷をかける方法であると批判しており、仮に@の目的が正当でも、Aの手段は許されないとしているのである。
以上の点を踏まえて両者の問題が起きた以後の対応を比較してみよう。
鈴木騎手:Aの手段が不適切でした。反省しております。ただ、@の目的だったことをご理解ください。
一方、4月26日に発表された社民党の声明も踏まえて伊是名氏の言い分を抽象的に表現すると以下のようになる。
伊是名氏:@の目的は正しいものです。Aについては相手が悪いので、謝ってほしいです。
鈴木騎手の対応が問題を起こした後の対処法としては、適切なものであろう。同じように伊是名氏や社民党も最初からそのように対処しておけば、現在のような状態にはならなかったと思われる。自らの過ちを認めて「やり方が適切ではありませんでした。すみませんでした」と一言、謝罪しておけば、その後の展開も大きく変わったのは間違いない。
その点が理解できていない、理解する能力がないことが、政党とその幹部として決定的に欠けているものがあると言わざるを得ない。
ばんえい競馬の不祥事を他山の石としてほしいと思うが、社民党と伊是名氏にそれを望むのは、百年河清を俟つ類なのかもしれない。