例えば部下の女性社員から「〇〇さんってモテますよね?」というように、仮に社交辞令であっても褒めてもらえることは嬉しい。ただ、女性から社交辞令を言われた男性が「ひょっとして俺のこと好きなのか?」と勘違いするケースは少なくない。

 なぜ男性は社交辞令を真に受けてしまうのだろうか。東京経済大学全学共通教育センター教授で、『どうして男はそうなんだろうか会議』(筑摩書房)を清田隆之氏とともに編集した澁谷知美氏に話を聞いた。

 まず男性が勘違いしたケースについて聞くと、「よく耳にするのは、『人として親切にしてあげただけなのに、男性が勘違いをして急に距離を詰めてきた』という女性の声です」という。

「友達が新しい服を着ていれば褒め、体調が悪ければ気遣ってあげる、といった“ケアの文化”が女性の間では普通にあります。しかし、これをうっかり男性相手にすると、急に馴れ馴れしい態度で接してこられたり、食事に誘われたりなど、予期せぬ展開に。そのため、『男性に親切にするのをやめた』という声をよく聞きます」

 ケアの文化が男性間で乏しいことも勘違いを生み出す要因となっているが、なぜその傾向があるのか。澁谷氏は「社交辞令を真に受ける傾向が、女性より男性に顕著であることを示すデータは知りません」としつつ、「清田隆之さんの著書『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』(晶文社)の分析が参考になります」と話す。

「性別意識に囚われた男性は、仕事上の部下を“女性”として見てしまい、仕事で褒められたことを『男性として評価された』と感じてしまう、と清田さんは指摘しています。さらには、恋愛的な自己評価の低さも要因として挙げられています。女性側は何気なく褒めたつもりでも、『普通なら褒められるはずはないのに、わざわざ褒めてきたということは、俺のことをいいと思っているからではないか』と受け取ってしまうことがあるとのことです」

 何かと恋愛に結び付けたがることが、すぐに「俺のことが好きなのでは?」という勘違いを引き起こしてしまうようだ。

 とはいえ、社交辞令を好意に簡単に結びつけることは安直であり、それ以上にポジティブすぎる気もする。

「社会学者の西井開氏の著書『「非モテ」からはじめる男性学』によると、身近な女性を対象にして『あの子は自分のことを好きなんじゃないか』『このようなデートをすれば成功する』といった“ポジティブ妄想”にひたりながら、辛い現実を生き抜く男性がいるということでした。

 この妄想は一人で行われるため、他人から修正されることも指摘されることもなく、肥大化します。その結果、『一方的にプレゼントを渡す』『相手も出すと言っているのに食事をおごる』といった女性への拙速なアプローチに走るケースがあります」

 続けて、「この分析をふまえると、女性からちょっと褒められただけなのに有頂天になって食事に誘うなどしてしまう男性は、“社交辞令を真に受けている”というよりは、無意識に“社交辞令をきっかけに、以前から温めてきた妄想を実行に移そうとしている”ように見えます」と解説した。

 女性側にとっては迷惑な話ではあるが、社交辞令を勘違いすることは、ある意味男性にとっての現実世界を生き抜くための処世術なのかもしれない。

 また、依然として職場は男性が優位な立場になりやすく、男性側が社交辞令やお世辞を言われやすい環境も影響しているのではないか。しかし、澁谷氏は「違うと思います」とキッパリ。

「確かに、多くの会社などでは、社交辞令やお世辞が男性に対して言われやすい環境があると思います。しかし、だとすれば、男性はお世辞を言われ慣れているはず。お世辞をお世辞として受け取り、女性に対して踏み込んだアクションはしないはずです。にもかかわらず、実際にはそうはなっていない。ということは、お世辞を言われやすい立場にあるということと、勘違いすることとの間には、因果関係はないと見るのが妥当です」

 そして、社交辞令を真に受けやすい男性が生まれる要因として、「これまでの話をまとめると、性別意識に囚われているかどうか、恋愛的な自己評価が低いかどうか、女性に対する妄想にひたっているかどうか、が決め手になります」とまとめた。

続く

以下ソース
https://nikkan-spa.jp/1866587