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小川ひまりさん

 セクシー女優という職業の社会的認知度が高まってきた昨今でも、女優が身内に出演の事実を隠しているケースや、親や姉妹兄弟が「受け入れたくても、受け入れられない」という葛藤に苛まれている例は少なくない。そんな親子のむき出しの葛藤を、ある女優とその母親が語ってくれた。業界内でも異例の“母子告白”の模様を、ジャーナリストの河合桃子氏がレポートする。

 * * *

 彼女たちが「なぜ女優デビューしたのか」を語る機会は数あれど、「家族の話」を語ることは極めて稀だ。いまやインフルエンサー視され、「憧れの職業」になりつつあるとはいえ、身内の話となれば受け取り方は異なる。家族は娘の決断をどう受け取り、どう見守っているのか──。それは、未だ“最大のタブー”であり続けている。

 2019年に企画単体女優としてデビューした小川ひまり(年齢非公表)は、小学生から中学生にかけて、子役として芸能界で活動し、高校時代はアルバイトをしながら地下アイドルとして活動した経歴を持つ。子役時代で最も有名な出演作は天海祐希主演のドラマ『女王の教室』。メインの役どころではなく、セリフも少なかった。唯一、主役を獲得したのはプレイステーション2本体のCM。決して順風満帆な子役時代ではなかった。子役から売れることの難しさについて、小川は言う。

「5歳から子役の大手事務所に所属し『大人になったら女優さんになる』と思っていて、『頑張ってもなれない場合もある』ことは考えてもみなかった。でも実際は、女優になりたい気持ちだけでは生き残れない世界。子役で成功する子は、芝居が飛び抜けて上手い子、自然体でいられる子、なんとなく応援したくなる子と様々ですが、私にはそのどの才能もありませんでした。小学生くらいまでは脇役のチャンスがありましたが、中高生にもなると一気にチャンスは減りましたね」

 夢と現実の葛藤のなかで始めたのが、地下アイドル活動だった。小川は「本当は女優になりたくて、地下アイドルなんてしたくなかったけど、そうでもなければこの世界にしがみつくことはできないと思った」と振り返る。だが、本気で望んでも人気が伴うとは限らないのはアイドルの世界も同様だった。

 地下アイドル活動を3年続けても芽が出なかったとき、バイト先で出会った“スカウトマン”に誘われたのが、業界デビューのきっかけになった。

「神田のガールズバーに体験入店したときのお客さんが、スカウトの方だったんです。『今は何をしてるの』と聞かれて、地下アイドルをやめて何もしていないことを話したら、『今度、セクシー女優の事務所の社長とBBQするからおいでよ』と誘われて。最初は『無理です』と断っていたのですが、そのBBQで社長と話をしたら、想像以上にまともな人で怖くなかったし、アダルトとはいえ演技ができることが魅力でした。まだ演技の仕事への未練があったので、一度やって嫌なら辞めようと、デビューしてみることにしました」

 はじめての撮影はソフト・オン・デマンドの「マジックミラー号」という人気シリーズ。「素人設定」の作品で台本はなく、カメラが回ったらすぐに男優と行為を始める。「演技ができる」と考えていた小川にとって、想像とは程遠い内容だった。だが──。

「デビュー作は、たしかにセリフはありませんでしたが、現場で作品を作るという空気感は、これまで自分が体験してきた撮影現場と同じだと感じました。これは楽しい、続けられると確信しました」

 デビューを決断する前、家族にはいっさい相談していなかった。しかし、「この仕事は続けられる。続けたい」と思うに至り、母親には伝えようと決意した。はじめての撮影の翌日、母がリビングで洗い物をしているときだった。

続く

https://www.dmm.co.jp/digital/videoa/-/detail/=/cid=xrw00998/RaceQueenInc-001

以下ソース
https://www.news-postseven.com/archives/20230110_1830569.html

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